第1話 妾の子として
「いくら着飾った所で、あなたは所詮平民の娘。矮小なる性根というものが伝わってくるわ」
「なんとも薄汚いことでしょうか。不貞でできた子供が、よく表に顔を出せたものです」
聞こえてくる心無い言葉に、私は耳を塞ぎたくなった。
だけれど、今はそれが許される環境という訳ではない。そんなことをしたら無礼だということくらいは、私にだってわかるからだ。
「まったく、ヴェルード公爵家は一体何を考えているのかしら? 下賤なる平民を迎え入れるなんて、私からしたら信じられないことです」
「そもそもの話、ことの発端はヴェルード公爵の不貞でしょう? まったく、公爵ともあろう者がなんと情けない。これでは、貴族の品格というものが著しく低下してしまいます」
「薄汚れた平民に手を出すなんて、獣のような行為……猿以下の野蛮なその行いには、流石に引いてしまうわね」
私は、ヴェルード公爵の妾の子である。公爵――私のお父様は、平民だった母に手を出したそうなのだ。
母は悩んだ末に、私を産んだらしい。ただ、それは公爵家にも秘密にしてのことだ。つい最近まで、私はその事実をまったく知らなかった。
ある日突然、村にヴェルード公爵家の遣いがやって来て、私は事実を知らされたのである。そしてそのまま、公爵家に保護されることになった。
「貴族全体の品位を貶める行為を働くなんて、筆頭ともいえる公爵として恥ずかしくはないのかしら?」
「まあ、最近は大人しくしていると聞きますから、一応反省しているのではありませんか?」
「しかし、それならおかしな話ね。こんな猿は、始末してしまえば良かったのに。公爵には動物愛護の精神でもあったのかしら?」
「愛護の精神というなら、夫人の方がすごいのではありませんか? こんなのを生かしておくなんて、私からすれば信じられません」
保護とされているが、実際の所は管理という方が正しいだろう。
私という存在がヴェルード公爵家を揺るがさないように縛り付ける。きっとそれが、私をさらった目的だ。
私にとっては、いい迷惑である。公爵家の人間などになりたくはなかった。私はただひっそりと、あの村で暮らせればよかっただけなのに。
「それにしても、滑稽で仕方ありません。こんな下賤なものは社交界には必要ないというのに……」
「とっと消え去って欲しいものですね……」
ヴェルード公爵家に保護されたせいで、私はこうしていびられることになっている。私はこんなことは望んでいなかった。何故私が、こんな目に合わなければならないのだろうか。
「……おい」
「え?」
「お前ら、何をやっているんだ?」
そんなことを考えていると、辺りに知らない人の声が響いてきた。
声の方向を見てみると、私と同年代くらいの一人の少年がいる。彼はその目を細めて、私にひどい言葉をかけていた二人の令嬢を見据えていた。
「あ、あなたは……」
「ロヴェリオ殿下……」
少年の顔を見て、二人の令嬢は目を丸めていた。
彼女達が名前を口にしたことによって、私は彼が何者であるのかを理解した。
彼は恐らく、このアルフェリド王国の王子であるロヴェリオ殿下なのだろう。一応、私のいとこにあたる彼は、ずっと鋭い視線を二人の令嬢に向けている。
「何をやっているんだ?」
「な、何をって、別に何もしていませんよ。彼女と少しお話していただけです」
「え、ええ、そうですとも。ヴェルード公爵家に新たに加わった彼女に挨拶をするのは、当然の義務ですもの」
二人の態度は、先程までとは変わっていた。
アルフェリド王国の王族の正当なる血筋であるロヴェリオ殿下には、流石に逆らうことなんてできないということだろうか。その表情からは、焦りが伝わってくる。
「こんな人目のつかない所で、わざわざ話か?」
「そ、それは偶然のことです」
「こんな場所を選びたくて選んだ訳ではありません」
「二人で逃げ道を塞いでいるじゃないか」
「ご、誤解です。私達には別にそんな意図なんて……」
「ええ、全ては成り行きに過ぎません」
二人は、ロヴェリオ殿下に対して必死に弁明していた。
状況だけ見れば、私を二人でいびっていたことは明白だ。それをなんとか、ただの話だったということにしようとしているらしい。
ただ二人の弁明は、ロヴェリオ殿下にまったく届いていないようだった。彼はずっと目を細めて、二人のことを見据えている。
「名前は?」
「え?」
「彼女の名前をあなた達は知っているのか?」
「あ、いや、それは……」
ロヴェリオ殿下の質問に、二人の令嬢は言葉を詰まらせていた。
どうやら二人は、私の名前を知らないらしい。ヴェルード公爵家の妾の子としか、認識していないということだろう。
しかし挨拶をしたというなら、名前を知らないというのはおかしなことになる。だからだろうか、二人は表情を歪めた。まずいということは、二人もよくわかっているだろう。
「……ここであなた達が何をしていたのか、ヴェルード公爵家にはきちんと知らせておかなければならないようだな」
「……知らせたければ、知らせればいいではありませんか!」
ロヴェリオ殿下の言葉に、令嬢の一人は激昂した。
それは、逆ギレとでも言うべきだろうか。彼女はロヴェリオ殿下を睨みつけている。やけになったということだろうか。
「こんな妾の子のことで、ヴェルード公爵家が動くなんてあり得ません」
「そ、そうです。こんなことが問題になって溜まりますか」
二人の令嬢は、そんな風に捨て台詞を吐いてからその場から去って行った。
私は、その背中を見つめながらため息をつく。この場は切り抜けられたということだろう。とりあえずは一安心だ。
「……大丈夫だったか?」
「あ、ええ、助けていただき、ありがとうございます」
「気にする必要なんてないさ。ああいった奴らは気に食わない。碌なもんじゃないな」
ロヴェリオ殿下は、令嬢達が去った方向に鋭い視線を向けていた。
彼は正義感が強い人なのだろう。あの二人の行為に対して、激しい憤りを感じているようだ。
「それに知らない仲という訳ではないからな。ヴェルード公爵家は叔父上の家だ。つまり俺と君はいとこということになる」
「ええ、一応はそういうことになるのですよね……」
「一応なんてことはないさ。いとこであることは間違いないだろう」
ロヴェリオ殿下は、私に対して笑顔を向けてきた。
それは、ヴェルード公爵家の人達とは違う反応だ。あの家の人々は、神妙な顔で挨拶をしてきた。彼らと比べると、ロヴェリオ殿下は友好的であるということだろうか。
しかし、妾の子である私にわざわざ友好的な態度を取って得なってないはずである。となると、ロヴェリオ殿下は本当に良い人ということになるのかもしれない。同年代というのも、あるだろうか。
「あ、挨拶する必要があるのですよね?」
「まあ、そうしてもらえると助かるな。だけど、俺は君のことをちゃんと知っているぞ。クラリアという名前で、年は俺と同じ十歳であることも」
「そうなのですか?」
「ただ好きな食べ物なんかは知らない。それはこれから知っていくべきことだ。よろしく」
「えっと……よろしくお願いします」
ロヴェリオ殿下は、私に手を差し出してきた。
私はとりあえず、その手を取る。すると彼は、力強く握りしめてくれた。
やはり彼は友好的だ。今まで私が接してきた貴族の人達とは、色々と違うのかもしれない。
王族というものは、そういうものなのだろうか。それとも彼が特別なのか。どちらにしても、私にとっては嬉しいことだ。
「しかし君は、どうしてこんな所にいるんだ?」
「え? えっと、お兄――アドルグ様に連れられて来たんですけど、途中ではぐれてしまって」
「アドルグ様と? よしわかった。そういうことなら一緒に探すとしよう」
ロヴェリオ殿下は、ゆっくりと歩き始めた。
私はそれについていく。この状況では、結局の所一応は兄であるアドルグ様を探すしか今は選択肢がないからである。
ただ私は、あまり気が進んでいなかった。アドルグ様のことはそこまで知っている訳ではないが、怖い人という印象がある。今回のことを咎められるかもしれないという恐れがあった。
正直な所、とても億劫だ。ロヴェリオ殿下の存在が、良い方向に働いてくれると良いのだが。
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