番外編 氷牙のギルガ=フロルド
ひとまず更新はここまでとなります。
もし「ちきゅうのいきもの」で取り上げてほしいものがあれば、ぜひ教えてください。
次回以降の参考にさせていただきます。
地球侵略時の一幕。
魔王軍は地球生物の妨害によりとん挫していた拠点設営を再開していた。
土塁設置に際して、比較的柔らかそうな土を見つけることもできた――猪は、いなかった。
しかし、問題はあった。
「くっ、魔力なしの掘削が……これほどの重労働だったとは……」
「《デルガ=ソルヴァ》様さえ生きていれば……土を操る魔法で、こんな苦労は……」
誰かが呟いた。かつて土の理を操った魔導将軍の名だった。
だが、彼らを真に苦しめるものはそれではなかった。
「……暑い……」
「魔力が……まるで、蒸発していくようだ……」
「これは……呪いか……?」
参謀長グルドゥ=メルメルが魔力測定器を確認する。
「いえ、魔力は感知されません。純粋に気温が高いだけです。地球は今、夏のようです」
気温35度越えの猛暑日という概念は、魔王軍には存在しない。
魔王は顔をしかめた。
「馬鹿な……夏とはいえ、この熱気……何故だ?」
「おそれながら……我々の世界に生きる生物は、空気中の魔力に本能的に干渉し、身体に届く熱を緩和する術を備えています。
しかし、魔力の存在しない地球では、その調整機能が一切働かず――熱は、直接に肉体に届くからではないかと」
「なるほど、魔力による守りをかい潜り直接に身を焼くか……まるでゴルザークの《呪炎々舞》のようではないか」
「爆炎のゴルザーク殿が操る《呪炎々舞》は、魔界においても屈指の灼熱魔法。魔王様ほどのお方でも、容易には踏み込めぬ領域を生み出しておりましたな……一般兵士にはなおさら過酷でございましょう」
兵士たちは次々と倒れ始めた。
「うっ……頭が……」
「視界が……揺れる……」
「魔力が……枯れていく……」
参謀長が冷静に言った。
「まさに呪い……まことに《呪炎々舞》のようですな」
「……あぁ、ゴルザークと出会った時のことを思い出す」
魔王は頷いた。熱中症を指摘する者は誰もいなかった。
そのときだった。
涼やかな足音と共に、一人の男が現れた。
銀白の髪をなびかせ、氷のような瞳を持つ魔法使い。
「敗者のことなど、お忘れください」
静かに言った。
「今は、暑さを封じることが先決です。氷の理をもって、地球の熱を鎮めましょう」
「よかろう。貴様に任せよう――氷牙のギルガ=フロルド」
ギルガは魔法陣を展開し、周囲の空気を凍てつかせた。
氷柱が立ち並び、冷気の砦が形成される。兵士たちは歓声を上げた。
「涼しい……!」
「これぞ魔法の力……!」
だが、地球の夏は容赦がなかった。
翌日も、気温は下がらなかった。夜になっても蒸し暑さは続き、砦の氷はじわじわと溶けていく。
ギルガは冷気を維持するため、魔力を限界まで消耗し続けた。
三日目の朝――砦の中心で、ギルガが膝をついた。
「……暑い……」
「ギルガ様……?」
「……頭が……痛い……視界が……」
そのまま、氷牙の魔法使いは倒れた。
魔王が駆け寄る。
「ギルガ……貴様ほどの者が……!」
参謀長が静かに告げた。
「……こやつは、もうダメです」
魔王は空を仰いだ。
「地球には……まだまだ、恐ろしいことが多くある……」
今年の夏は、本当に暑かった。
今回のちきゅうのできごと
熱中症:ねっちゅうしょう
熱中症は、高温多湿の環境下で体温調節がうまくいかなくなり、体内に熱がこもることで起こる健康障害。
初期症状は、頭痛・めまい・吐き気・倦怠感など。重症化すると意識障害やけいれん、最悪の場合は死に至ることもある。
暑さの指標:WBGT値
•暑さの危険度は「WBGT(Wet Bulb Globe Temperature)」という指標で判断される。
•これは気温だけでなく、湿度・日射・風などを加味した数値で、実際の熱ストレスに近い。
• WBGT値が28を超えると、屋外活動は原則中止が推奨される。
• 特に湿度が高いと、汗が蒸発しにくくなり、体温が下がらず危険度が増す。
対策:水分・塩分補給と環境調整
•熱中症を防ぐには、こまめな水分補給と塩分の摂取が不可欠。•
•水だけでは不十分な場合があり、スポーツドリンクや経口補水液などが有効。
•のどが渇く前から定期的に飲むことが望ましい。
•加えて、直射日光を避ける・風通しの良い服装を選ぶ・冷却グッズを活用するなど、環境面の工夫も重要。
2025年からの義務化
•2025年6月から、日本では職場における熱中症対策が法的に義務化された。
•企業や団体は、WBGT値に応じた作業管理・休憩体制・水分補給の確保・異常時の報告ルールなどを整備する必要がある。
•違反した場合は、労働安全衛生法に基づく指導や罰則の対象となる。
魔王軍への教訓
•魔力のない地球では、空気が敵となる。
•熱は魔法ではなく、塩と水で封じるべし。
•WBGT値を見誤れば、兵士は《呪炎々舞》の幻影に焼かれる。




