追放された俺、実は宇宙最強のパイロットだったので、辺境惑星でのんびり開拓スローライフを満喫することにした~今さら助けを求められてももう遅い。この星、俺が創ったんで~
スローライフですが、どうでしょう?
けたたましい警報音が、カイの意識を現実へと引き戻した。
「第314戦闘宙域にて、所属不明機と接触! カイ・シノハラ中尉、貴官の独断専行により、我が隊は多大な損害を被った!」
モニターの向こうで、上官であるギブソン大佐が唾を飛ばしながら喚いている。またか、とカイはうんざりした。濡れ衣を着せるにしても、もう少しマシな理由を考えられないものか。
「よって、カイ・シノハラ中尉を銀河連邦軍から永久追放処分とする! 即刻、未開拓惑星『ケプラー186f』へ単身移送せよ!」
有無を言わせぬ宣告。カイは無言で敬礼すると、小型の移送艇に乗り込んだ。抵抗する気も起きなかった。むしろ、これでようやく解放されるという安堵感すらあった。
ケプラー186f。地球によく似た環境を持つ、いわゆるハビタブルゾーンに位置する奇跡の星。しかし、あまりに辺境に位置するため、連邦の開拓計画からは外されていた。言い換えれば、誰にも邪魔されない楽園だ。
移送艇が惑星の大気圏に突入し、眼下に広がる緑豊かな大地と青い海を見た瞬間、カイの口元には笑みが浮かんでいた。
「さて、と。第二の人生、始めますか」
カイの追放は、文字通り「身一つ」で行われた。だが、彼には知識と技術、そして追放されるどさくさに紛れてくすねてきた掌サイズの万能工作機械『オリジン』があった。これさえあれば、大抵のものは作り出せる。
まずは住居だ。カイは地元の鉱石を『オリジン』で精錬し、頑丈かつ快適なドームハウスをものの半日で建設してしまった。内部にはエネルギー循環システム、水浄化プラント、食料生産ユニットまで完備している。連邦の最新鋭コロニーと比べても遜色ない出来栄えだ。
「ふぅ、こんなもんか」
自給自足の生活は、驚くほど快適だった。朝は鳥に似た生物のさえずりで目覚め、日中は惑星の生態系を調査したり、趣味の機械いじりに没頭したりする。夜は満天の星空を眺めながら、自分で育てた作物を調理して舌鼓を打つ。軍隊での息の詰まるような日々が、遠い昔のことのように思えた。
追放されてから、地球時間で一年が経過した。カイのスローライフは、ますます充実していた。彼は惑星の固有種である発光する植物を利用して畑をライトアップさせたり、重力を自在に操る浮遊石で移動用のボードを作ったりと、この星の資源を最大限に活用して楽しんでいた。
「最高だな、ここは」
誰にも命令されず、誰の顔色も窺う必要がない。ただ、己の欲求のままに生きる。これ以上の贅沢があるだろうか。
そんな穏やかな日々が、突如として破られる。
ドームハウスに設置された長距離通信機が、けたたましい警告音を発したのだ。画面に映し出されたのは、かつての上官、ギブソン大佐の焦燥しきった顔だった。
『カイ・シノハラ! 聞こえるか!』
「……何の御用ですかな、大佐。俺はしがない追放者ですが」
カイはわざとらしく応じた。
『ふざけている場合ではない! 我々は今、所属不明の巨大異星生命体群の襲撃を受け、連邦は壊滅の危機にある!』
モニターには、無数の触手を持つ巨大な生命体が、連邦の誇る宇宙戦艦をいともたやすく破壊していく映像が映し出される。なるほど、これは確かに危機的状況だ。
『奴らの動きは予測不可能で、我々の兵器が全く通用しない! お前の、あの神がかった操縦技術と戦術予測能力がなければ、我々は……連邦は滅ぶ!』
必死の形相で訴えるギブソン。カイは鼻で笑った。
『頼む、カイ! 戻ってきてくれ! 追放は撤回する! お前を将軍にでも何にでもしてやる! だから……!』
「断る」
カイは、食い気味に言い放った。
『なっ……貴様、連邦を見捨てるというのか! この裏切り者め!』
「裏切ったのは、そちらでしょう?」
カイは冷たく言い放つと、通信を切ろうとした。その時だった。
『待て! カイ!……その生命体、どこかで見たことが……まさか、お前の研究していた……』
ギブソンの言葉に、カイは初めて愉快そうに笑った。
「ああ、気づきましたか。そうですよ」
カイは立ち上がり、ドームハウスの窓から外を眺めた。空には、通信映像に映っていたものと同じ、巨大な触手を持つ生命体が優雅に舞っている。それは、まるでカイに応えるかのように、楽しげに空を旋回した。
「そいつらは、『ガーディアン』。俺がこの星で退屈しのぎに創った、ペットみたいなもんですよ」
『な……にを……?』
ギブソンの声が絶句する。カイは続けた。
「俺の本当の能力は、パイロットとしての腕じゃない。『無からの創造』……そう、神に等しい力です。あなた方が恐れたのは、その力でしょう? だから、俺に濡れ衣を着せて、こんな辺境の星に追放した」
そうだ。カイは全てを知っていた。彼が追放されたのは、彼の危険すぎる能力を恐れた連邦上層部の陰謀だった。彼らはカイをコントロールできないと判断し、社会から抹殺しようとしたのだ。
だが、彼らは大きな間違いを犯した。この追放は、カイにとって望むところだったのだ。
「あなた方は俺を鳥籠から解き放ってしまった。この何もない星で、俺は何でも創り出せる。理想の楽園をね。……ああ、そうだ。ガーディアンたちには、そろそろ餌の時間だと伝えておきましたよ」
『ひっ……! や、やめろ……!』
「さようなら、ギブソン大佐。あなた方が滅んだ後、この銀河は俺の新しい庭になります。せいぜい、最後の晩餐を楽しんでください」
通信が途絶える。カイは満足げに微笑むと、手元のコンソールを操作した。すると、惑星全体が微かに振動し、空に浮かぶガーディアンたちが一斉に宇宙へと飛び立っていく。
彼らの向かう先は、言うまでもない。
カイの悠々自適なスローライフは、まだ始まったばかりだ。そして、彼を陥れた者たちへの壮大な復修劇もまた、幕を開けたばかりなのである。この広大な銀河を舞台にした、たった一人の神による、気まぐれで残酷なスローライフが。
主人公が実は最強でした、なんてのもよくある話ですが、その「最強」の意味をちょっと捻ってみました。たまにはこんな結末も悪くないでしょう?