第7話 記憶の端を繋ぐ
<人生ゲーム>をしてからも、芽郁は部屋にこもる生活を続けていた。起きて、「わすれもの」の続きを読みすすめ、日記を書いて、寝る。むろん食事をとったりエレフと話したりといったこともあるが、ほとんど刺激のない日々が続く。変化と言えば窓の外の緑が日に日に濃くなるくらいだ。
そんなある日のこと。芽郁が窓に目をやると、わずかな隙間から青い封筒がさしこまれていることに気が付いた。開けてみるとそれは短い手紙のようだった。宛名もなく、差出人もわからない。本文にはただ一行、「食堂で会いましょう」。芽郁も少し不安に思ったが、人と話せるかもしれないことへの期待の方が大きかった。芽郁はエレフを肩に掛けると、部屋を飛び出し、食堂へと急いだ。
食堂は相変わらず静まりかえっていたが、芽郁は久しぶりに人の気配を感じた。
「誰かいますか?」
芽郁が呼びかけると、
「え、ホントに来てくれたの?嬉しい!」
と声がした。声をする方を見ると、カーテンの影から誰かが顔をのぞかせている。声の主はカーテンから出ると、芽郁に駆け寄り、円卓の隣の席を勧めてきた。
「私はエリー。おしゃべりがしたくてお手紙を出したんだけど、本当に来てくれたのはあなたがはじめて!」
「じゃあ、これはあなたが?」
と、芽郁が聞くと、エリーは大げさに何度もうなずいた。
エリーは人と話ができるのがよほど嬉しいらしく、次から次へと楽し気にしゃべり続ける。芽郁はエレフからクッキーと紅茶を取り出し、エリーに勧めた。お茶を飲みながらのおしゃべりは、その後3時間ほど続いた。
芽郁とエリーのお茶会はそれから毎日開かれた。最初はエリーが話すのに芽郁が相槌を打つ程度だったが、しばらくすると芽郁もぽつりぽつりと話し出すようになった。ここに来た訳、エティラディーでの日常、<人生ゲーム>のこと。芽郁も自分の中は空っぽなんだと思っていたのだが、エリーに見つめられると、驚くほど豊かに言葉が湧き出てきたのだった。
話の種が尽きそうになったある日、芽郁は木から自分の願いが生えてきていることを話した。エリーになら、聞いてもらえる。そう思ったからだった。全ての願いの中身を話し終えた時、芽郁は大きな荷を下したような気分がした。話の間、エリーは芽郁の目を見、深くうなづくばかりだったが、何か気になることがあるようで、芽郁にこう問いかけた。
「その願いと<人生ゲーム>、何か繋がっている気がしない?」
その瞬間、芽郁は自分の経験がひとつに繋がっていくのを感じた。芽郁はエレフからノートを取り出すと、裏表紙をめくって思いついたことを書き始めた。内側からこみ上げて来るものを書かずにはいられない。そう思った。
芽郁は書いて、書いて、書き続けた。記憶の扉が大きく開き、全ての出来事を思い出さずにはいられなかった。ノート一冊が埋まるころ、芽郁の手はようやく止まった。
芽郁は眠りにつくと、ひとつの夢を見た。
ある昼下がり。小さな芽郁はひとり床に座っている。部屋は薄暗く、全体が琥珀色に染まっている。芽郁は太い糸に木でできたビーズを黙々と通している。ビーズを全て通し終わると、後ろで見守っていた人に声をかけ、輪にしてもらう。顔がぼやけていて、それが誰かはわからない。けれど芽郁は確かに、純粋な安心感の中にいた。
「記憶も、繋ぐだけじゃなくて、輪にしなきゃ。」
目を覚ました芽郁は、そう呟く。ビーズを通した糸を結ぶように、記憶もこぼれ落ちないようにまとめ上げねばならない。
芽郁は今日も食堂へ向かう。エリーに会うと、さっそく今までの全ての記憶を書き出したこと、夢に出てきたビーズ細工のことを話した。
「それで、記憶の端を繋ぐ方法を知りたいのね。」」
エリーはそう言うと、確かなことは言えないけれど、と前置きして続けた。
「記憶の中のあなたに手紙を書いてみてはどうかしら?」
そう言って、エリーは芽郁に出したのと同じ、青い封筒と便箋を手渡した。芽郁はエリーに感謝すると、美しいレターセットを眺めながら、文章を練っていった。
「今日、夢の窓からあなたに会いました。」から始まった手紙は、ちょうど便箋3枚の長さになった。芽郁は改めて手紙をはじめから読み通すと、丁寧に折り畳み、封筒に封をした。
その夜、部屋に戻った芽郁は窓の外を覗いた。木にはもう、紙が生えてはいなかった。
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