第2話 うつつ祭りの日
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目を覚ますと、そこはやけに明るい場所だった。寝過ごしたかと思って焦りもしたが、辺りの様子が自分の部屋とはまるで違うことへの驚きがそれよりも勝った。
「手の中のものを見せてください。」
声の主を見やると、はじめてのはずなのに、どこかで会ったことがあるような懐かしさを感じた。芽郁が言われた通りに左手を広げると、声の主は続けて言った。
「洗濯ばさみ、ということは、貴方は『繋ぎ止める者』ですね。」
芽郁はポカンとしていたが、声の主は構わずに説明を続けた。
自分の名はミツキであり、この世界で神官をしているということ。この世界はエティラディーと呼ばれ、芽郁のいた世界とは異なるが、深いつながりがあるということ。芽郁のように、モノを持ってエティラディーに迷い込んだ者は、「繋ぎ止める者」と呼ばれ、持ってきたモノとともに、重要な役割を果たすということ。
「細かいことは、しだいにわかるでしょう。」
と言うと、ミツキは芽郁を外に連れ出した。真四角の建物が立ち並ぶ風景は見慣れないものだったが、木の様子には既視感があった。木には文字の書かれた紙が、まるで実がなるかのようにぶら下がっていた。
「今日は夢見祭の日なのですか?」
と問うと、
「向こうでは『夢見祭』と呼ぶのでしたね。今日は『うつつ祭』の日です。そもそもうつつ祭というのは…」
と、ミツキが答えた。神官らしく、神事のことになると語りが熱を帯びてくる。何とか話をあらましだけにとどめてもらうと、どうやらうつつ祭りというのは、叶わなかった願いを弔う祭りらしい。紙は木に飾っているのではなく、木から直接生えており、それを集めて火にくべることが祭りの中心だという。
うつつ祭や街の様子を見て回っているうち、一日はあっという間に過ぎていった。
少し奇妙に思ったのは、祭のはずなのに街に人の姿がほとんどないことだった。木に生えた紙を集めるため、数人が集まって作業しているのは見ることができたが、会話もほとんど聞こえず、活気は全くと言っていいほど感じられなかった。芽郁はそのことを繰り返しミツキに聞いたのだが、そのたびにじきにわかるとはぐらかされてしまった。そのかわり、ミツキは諭すように、
「エティラディーは確かに貴方を必要としています。無事務めを果たせば、帰ることもできるでしょう。それまでは旅に出たとでも思って、この世界に居つづけてください。」
と、繰り返した。
夕刻、ミツキは芽郁を真っ白な建物に案内すると、緑色のボストンバッグを手渡した。
「それは貴方が渡してくださった洗濯ばさみのお礼です。エティラディーで必要なものは何でも取り出せるようになっています。貴方の旅がより良いものにならんことを。」
ミツキと別れてから、芽郁は部屋の灯に導かれるように建物の中に入っていった。人を呼んでも返事はなく、途方に暮れていると、ボストンバッグから声がした。
「私についてきてくれる?」
驚いて手元を見やると、やはりボストンバッグがしゃべっている。
「自己紹介は、部屋についた後だからね」
そう言われて、ようやく部屋を探す決心がついた。
どれだけ歩いただろうか。迷路のような道をボストンバッグに引っ張られながら進み、方向感覚がなくなってきた頃に、一つの小部屋を見つけた。ベッドと小机があり、泊まるには十分そうだった。部屋の中は白一色で、色と言えば窓の外の木々と、バッグの緑だけだ。
「ちゃんと着いたでしょ。」
芽郁がうなずくと、バッグは待ってましたとばかりに自己紹介をはじめた。
「私の名前はエレフ。意思を持つカバンよ。好きなことはお出かけで、嫌いなことは地べたに直接置かれること。ミツキも言っていたと思うけど、あなたがエティラディーで必要なものは、全部私の中から取り出せるから。とは言っても、難しい呪文なんかは不要で、『コレが欲しいです』って思いながらチャックを開ければ出てくる簡単仕様だから安心して。」
息つく間もなく話し終えたエレフは、
「そろそろあなたの番じゃない?」
と、芽郁を急き立てる。口からぽつりと出てきた言葉は、
「名前は芽郁。好きなものも、嫌いなものも、これと言ってない。」
「紹介するほどの自己を持ってないって感じね。まあいいわ。これからメイって呼ぶから。」
エレフはそう言うと、芽郁にチャックを明けてラグを取り出すよう、指示を出した。芽郁がラグの上にエレフを置くと、
「いいラグね。私くらいのカバンになると、こういう上質なものが必要なのよ。」
と、ご満悦だ。
機嫌のいいエレフからおにぎりを取り出して夕食とし、その日は眠りについた。水の中を漂うような、深く、心地の良い眠りだった。
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