第六話
俺は多くの悪魔を殺して来た。けれどそんな俺は神の使徒でもなく、正義の化身でもなかった。
単純に食い扶持を稼ぐためにやっていたことだ。
「悪魔」は地獄の住人たちの総称だ。そこには、幽霊や妖怪、邪鬼、怪獣、堕天使、悪魔が含まれている。
様々な理由で現世にやって来たそいつらを地獄へと叩き返すのが、俺の仕事だった。俺が倒した悪魔の中には、地獄の権力者である──首相・ベルゼブブの名もある。
俺の仕事は危険の只中に飛び込むことに始まり、血に塗れることに尽きた。
俺にはひとつのポリシーがあった。悪魔を殺すことなく、それでいて二度と現世に来たくなくなるほど痛めつける、というのがそれだ。
そうして生き残った者の話を通じて、俺の名前は地獄で広まっていった。
ポップミュージックの世界にプレスリーやビートルズがいるように、またジャズの世界にルイス・アームストロングやジョン・コルトレーンがいるように、地獄の悪魔たちは自分たちに立ち向かう相手に新しい名前を付けた。
「伝説級のデビルハンター」ジョン・ヤング。
俺の生涯における、ささやかなエピソードのひとつだ。
暗闇の中で光が明滅を繰り返している。
ひどい頭痛だ。全身がバラバラになるんじゃないかってぐらい、あちこちが痛んだ。
痛みは次第に激しさを増し、その刺激が集まり、圧縮され、最終的に炸裂した。
「わあああああ──!」
叫びながら目を開けると、俺の前にはリリスが立っていた。
「どのぐらい気絶してた?」
「十五秒ほどでしょうか」
立ったまま気絶していたのか? 俺は息を荒げながら、周囲を行き交う人影に視線を走らせた。
いや、「人影」とは言うけれど、俺の周囲にいたのは「人間」ではなかった。
警備員の制服を着た巨大なゴブリンが、俺のすぐ脇を通り過ぎていった。
行き交う人々の中には、赤い肌をした悪魔、紫色の長い翼を持つ堕天使、ローブをまといタテガミをなびかせる獣人たちが、まるで仮想大会よろしく闊歩している。
俺が立っているのは、黒い花崗岩が使われた八階建て高層建築のワンフロアだった。アーチ型の吹き抜け天井からは黒水晶のシャンデリアが吊り下げられていて、遥か頭上では無数の蝙蝠たちが花飾りの窓を出入りしていた。
芸術的なトラス構造に加え、ゴシックの華麗さとバウハウスの簡素さがうまく調和している。建物の中は開放的な作りになっているため、その明るさはまるで空港を彷彿とさせた。
遠くまではっきりと見通せる透明度の高いガラス窓の向こうには、地獄特有の真っ赤な空を見ることが出来た。滴る血が大地を覆っているような光景だ。
遥か地平線では、巨人のような活火山が絶え間なく溶岩を吐き出している。
巨大な龍が精緻な金属装飾の施された乗り物を馬車のように引きながら、俺たちの頭上を悠遊と通り過ぎていった。
鼻の尖った悪魔の団体客が目の前の自動ドアを潜ると、硫黄の匂いが吹きかかって来た。
リリスはあ然とする俺に向けて、得意げに腰に手を当ててこう言った。
「ようこそ地獄へ、ヤングさん」