第四話
「さぁね……たぶん、これは天国の資格審査部の担当じゃないかな?」
その口調、その物言い、まさか俺の問題をたらい回しにしようってんじゃないだろうな?
「お願いですからちゃんと調べてあげてください。とっても重要な問題なのです。彼の死後の暮らしがかかっているのですよ!」
リリスですら聞いていられなくなったのか、義憤を滲ませた口調で加勢してくれた。
「助けになってあげたいけどさ、これは他の部署の責任だからね。じゃあこうしようか。あんたの問い合わせを資格審査部に送っておくよ。たぶん、七日から十営業日以内には連絡が来るんじゃないかな?」
「そんなにかかるのか? その間はどこにいればいいんだ?」
「それは国土居住部の担当だからねぇ。じゃあその問い合わせも国土居住部に送っておくから、十五日か三十営業日以内には連絡が……」
「どうして居住地審査の方が後なんだ? じゃあそれまではどこに行けばいいんだよ?」
「知らないよ。だったら天国のカスタマーサービスに問い合わせる?」
「──この野郎!」
俺は天国の使者の顔面に拳を叩き込んだ。メガネが砕け、やつの鼻っ柱が折れ、椅子の背もたれと共に床に激しく叩きつけられた。
──というのは、残念ながらすべて俺の脳内で起こったイメージ映像だ。
天国からの使者はダルそうに椅子に腰かけ、気の散った様子で鼻をほじりつつ、モニターを見つめている。
いまこいつの鼻っ柱を折っても、余計面倒なことになるだけだ。
いまこいつの鼻っ柱を折っても、余計面倒なことになるだけだ。
いまこいつの鼻っ柱を折っても、余計面倒なことになるだけだ。
俺は心の中でそう三回唱え、なんとか衝動を堪えた。怒りに呑まれて理性を失ってしまうのだけは、なんとしても避けなければいけない。
「……じゃあ、そうしてくれ」
「じゃ、関係部署に回しておくから。バイバイ!」
天国からの使者はまるで一仕事終えたような様子で、あっという間に姿を消してしまった。
それから五分待っても、まったくなんの音沙汰もなかった。
「あいつ、本当に問い合わせしてくれてるのかな?」俺はリリスにそう聞いてみた。
「たぶん、大丈夫じゃないでしょうか?」
リリスは可愛らしいクマのストラップが着いた真っ赤なスマホを取り出した。
「天国のカスタマーサービスの番号を知ってはいるのですが、地獄から天国への次元通話料は私の給料からするとちょっと高いんですよね。でも、いまは他に方法もありません。なので、とにかく落ち着いてください、ヤングさん。なんとか問い合わせしてみますので」
彼女は温かい、どこか抜けた印象のある笑顔をみせてくれた。
不安と焦りに押しつぶされそうになっている俺の目には、それは女神のような笑顔として映った。
こんな良い子を、俺はボコボコにしたあげく、数十キロも引きずり回してから地獄に叩き返してしまったのか……
俺のケダモノ! 畜生! 豚野郎!
思わず猛省してしまった俺だった。
「あ、繋がりました」
リリスのスマホが「天国カスタマーサービス」のホログラム映像を映し出した。つづけて、メイド服姿で、瞳のサイズが顔半分ぐらいはあるアニメ調のキャラクターが姿を現した。
『こんにちは。なんの御用ですか、ご主人様?』
「こ、こいつは一体なんだ?」
「これは接客用のアバターでありますよ。天国で大人気の『ガブリエル娘』です。可愛いでしょう?」
ネトゲーだのアバターだの、天国の連中はまじめに仕事してるのか?
『ガブリエル娘がご主人様の質問になんでも答えちゃうよ♡』
「あ、お疲れ様です。死亡確定済みの方がおられるのですが、天国に行くべきか地獄に行くべきかわからないのです。天国側の手続きミスで、いまのところ審査段階で足止めされている状態です。このかたはどちらの所属とするべきでしょうか?」
『天国に行けないんだったら、地獄に行くしかありませんよ♡』
「このかたは洗礼を受けているのですが」
『天国に行けないんだったら、地獄に行くしかありませんよ♡』
「他に方法はないのですか?」
『天国に行けないんだったら、地獄に行くしかありませんよ♡』
「……」
これ以上質問しても答えは変わらないようだ。リリスは溜息を吐きながら通話を切った。
「すみません、ヤングさん。助けになれず……」
「いや、お前は充分やってくれたよ。後は自分でなんとかするさ」
俺にはよくわかっていた。死者がいつまでも現世に留まっていると、太陽の光に晒されて正気を失い地縛霊となってしまうか、悪魔と見做されて同業者に駆除されてしまうかの二択しかない。
けれどいまの俺には、どこにも行く当てはないのだ。
「良かったら……ヤングさん、一旦地獄で暮らすというのはどうでありますか?」
「は?」