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第三話

「喜んでるところ申し訳ないけど、お前と一緒に地獄に行くわけにはいかないんだ。生まれたときに洗礼を済ませてるし、地獄に行くような悪事は何もやってない。だから……」

 「それは一体……あれ?」

リリスが問い返す前に、足元の床に青い十字の転送陣が浮かび上がった。

 バッハの『主よ、人の望みの喜びよ』が響き渡ると同時に、光り輝く白い羽毛が舞い散った。

 つづけて、何か巨大な物体が転送陣の中央に姿を現した。

 巨大なのは当然だ。今度送り込まれて来たのは、担当者ひとりだけではなかったからだ。

 年齢でいうと四十代ぐらいだろうか、鼻先までメガネがずり落ちた男が、オフィスチェアの上に座っていた。

 オフィスチェアだけじゃない。デスク、パソコン、事務機器、移動式のラック、ファイルケース、コーヒーメーカーといったオフィス御用達の品々がフルセットで俺の部屋に現れたのだ!

 こいつは一体何をしにやって来たんだ? あのアホ大家、この部屋をレンタルオフィスにするつもりか? いや、あり得ない。やるにしたっていくらなんでも速すぎる。

 オフィスチェアに座っているその男は、俺たちに視線を向けることすらしないまま、じっとモニターを見つめていた。

 五分ほど過ぎても、依然として俺たちを無視しつづけていた。

 そうこうしている内に、どうやらこいつは仕事をしているフリをしてゲームをやっているらしい、ということに気付いた。

 「なんなんだ、こいつは?」俺はとうとう我慢できずにそういった。

 「こ、言葉遣いに気を付けてください。このかたは、天国からの使者ですよ……」リリスが俺の服を引っ張りながらいった。

 俺は喜びのあまり、思わず天井を見上げた。やったぞ。とうとう天国からの使者が現れたんだ。

 けれどそれにしたって、来るのが遅いじゃないか。もう少しで、俺はリリスに地獄まで連れて行かれるところだったんだぞ。

 「あの……随分お忙しいようですね? はは、物でいっぱいだ。天国ともなると、処理すべき仕事が山のようにあるんでしょうなぁ」

 俺は愛想笑いを浮かべながら、天国からの使者にそう話しかけた。

 「椅子から立ち上がるのが面倒なのでね」

 天国からの使者は、ちら、と俺を見てそういった。その間も、手元では忙しくタイピングを続けながら、他のプレイヤーと協力して城を攻撃していた。

 リリスは俺を見て、天国からの使者を見て、そうやって何度も視線を往復させてから、ようやく口を開いた。

 「あの……ひとつ確認したいのですが、ヤングさんは天国に連れて行かれるのでしょうか。それとも……」

 「ああ、君のところでいいよ」天国の使者はぴしゃりとそう言い放った。

 「え? 地獄に? ですがヤングさんは洗礼を受けていますし、地獄に行くような罪も犯していないということですが……」

 「死の間際に懺悔したり、洗礼を受けたなんてウソを吐く輩は珍しくないんだよ。君もいちいち間に受けてたらダメでしょ。天国もさ、難民キャンプじゃないんだよね。君が彼を連れて行きたいなら、そうしてよ。どうせこっちは公務員だから、どれだけ働こうが給料は変わらないんだよね。そういうことだから、ま、後はよろしく」

 彼はそう話している間も、終始モニターから視線を動かそうとしなかった。

 「ちょっと待ってくれ! いくらなんでも適当過ぎるだろ!」

 俺はそう声を荒げた。ここで黙っていたら、このまま地獄行きが決まってしまう!

 「俺は間違いなく神父から洗礼を受けているし、悪事の類は一切やってない。全部調べればわかるはずだ!」

 「ないね、そんな記録は」

 「そもそも調べてすらいないだろうが。まずそのゲームをやめろ!」

 「チッ」天国からの使者はこれみよがしに舌打ちをしてみせた。さらにたっぷり十分ほどかけてキリの良いところまでゲームを進めてから、ようやく天国用の検索エンジンを立ち上げた。

 「で、あんたの名前、なんだっけ? ちょっと君のとこの資料見せてくれない?」

 「なんですって? 顧客の名前を把握していないのですか?」

 リリスが驚きの声を上げると、天国の使者がキッと睨みつけて来た。

 「うるさいな、神に見捨てられた者の分際で。とっとと資料を見せればいいんだよ」

 リリスは黒いバインダーを差し出した。透明なリフィルポケットで書類が丁寧に分類されていた。

 「ヤング……ヤング、ヤングと……」

 天国からの使者がぶつぶつ言いながらようやく正しい名前を入力し終わると、パソコンのモニターに検索画面が表示された。

 「みなさん、最近は特別忙しいですからね。だから態度がツンツンしてしまうのでありますよ」

 俺の不安を感じ取ったのだろう、リリスは苦笑を浮かべつつ、そう言葉をかけてくれた。

 俺はというと天国からの使者を視線で穴が空くほど睨みつけていた。

この野郎!

 悪魔にフォロー入れられるなんて、恥ずかしくないのかお前は?

 とうとう検索が出たのか、画面が切り替わった。

 「ないね、諦めたら」天国からの使者は適当にそう宣言すると、ゲームに戻ろうとした。

 「待ってくれ! きっと何かの手違いだ、洗礼を受けているのは確かなんだよ!」

 俺は焦るあまり、やつのデスクを叩きつけた。

 冗談じゃない。天国における死後の暮らしこそが、悲惨な俺の人生で唯一の希望だったんだ。どうして天使の職務怠慢なんかでそれを台無しにされなきゃいけないんだ?

 大体、俺のデビルハンターとしての功績に鑑みるなら、『エデン』の天使軍団の司令官に任命されたっておかしくないんだぞ!

 「これは僕の責任じゃないのに、なんでそんな責められないといけないわけ? 頭おかしいんじゃないの」天使の使者はじろりと俺を睨みつけた。

 「違うだろ、俺だって困ってるんだよ。きっと何かの間違いだ。なんとか方法を考えてくれよ!」

 俺は冷静さを装い……というか、ほとんど猫なで声でそう頼み込んだ。

 「さぁね……たぶん、これは天国の資格審査部の担当じゃないかな?」

 その口調、その物言い、まさか俺の問題をたらい回しにしようってんじゃないだろうな?


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