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第一話

〈あらすじ〉

地獄にまでその名をとどろかせた伝説のデビルハンター――ジョン・ヤングは、何者かによって暗殺されてしまう。生前の働きを認められ天国へと召されるはずだった彼だが、天国側の役人の怠慢が原因で「難民」化してしまう。折よく現れた地獄からの使者の提案を受け入れ、一時的に地獄に滞在することにしたジョンだったが……

 死んでしまった。

 どうしてそうなったのか、それは俺自身にもわからない。


 俺はベッドの端に立っていた。目の前には、首がグニャリと曲がり、顔面は青ざめ、体を強張らせたひとりの男が横たわっていた。呼吸や脈拍はなく、目の端に涙を一滴貼り付かせている。それは間違いなく「俺自身」の姿だった。

 どうみても、すでに死んでしまっていた。

 なんだこれは。あり得ない。数え切れないほどの死線を潜り抜けて来た俺が、どうすればこんな死にかたをするんだ?

 魂を肉体に戻す方法を考えないと。たしか、以前の仕事で魂と肉体が分離してしまったやつを見たことがあった。よく思い出せ、俺。あれはいつのことだった?

 人間にとりついた悪魔を追い払ったときか。

 連れが悪魔に食い殺されてしまったときか。

 依頼人がトラブルで死んでしまったときだったか。

 ……

 待てよ、これまで見て来た魂と肉体が分離してしまったやつは全員、すでに天国か地獄に行ってないか?

 とはいえ、だからって諦めるわけにはいかない。確かスマホに徳の高い神父の連絡先が入っていたはずだ。あいつに頼んで、俺の魂をこのクソったれな肉体にソーセージよろしく押し込んで貰うしかない。

 そうやって焦っているときだった。突然、地震が起こった。

 普通の地震じゃない。部屋中の家具が揺れ、棚に置いてある物がそろってカタカタと音を立てていた。

 俺にはその震動の正体がわかった。これは降霊の前兆だ。地獄か、天国に通じる門が開かれようとしているのだ。

 ひとが死ぬと、冥界からの使者がやって来て、迷える魂を死後の世界へと導いてくれると言われている。

 目に見えない力は次第に激しさを増し、書棚の本が音を立てて崩れ落ちた。花瓶が床に叩きつけられると同時に、部屋の中央に金色の星のマークが浮かび上がった! まずい、あれは地獄を象徴するマークだ。地獄からの使者があの魔法陣を通じて、こちらにやって来ようとしているのだ!

 部屋全体が分解してしまいそうなほど、震動が激しさのピークを迎えたときだった。

 魔法陣から激しい金色の光が迸り、目を開けていることもできなくなった。つづけて地獄に通じる巨大な門が開かれ、濃密な煙と共に、地獄特有の硫黄の匂いが溢れ出すと、金色の光の中心で、どかんと爆発が起こった。

 まるでサタンでもやって来たかのようなその爆発によって、部屋中のガラスや食器は砕かれ、俺の周囲は自分の指先もわからないほどの煙に満たされた。

 「ごほ……げほげほ……」

 魔法陣の真ん中から、激しく咳き込む声が聞こえた。俺は煙を懸命に腕で追い払いながら、目を凝らした。

 そこには、黒いスーツ姿の若い女の子が、まるでバナナに転んだような姿勢で股を広げたまま、魔法陣の上で尻もちをついていた。

 まだ咳き込み続けている……自分の煙で自分のノドをやられているみたいだ。

 「……おい、大丈夫か?」俺は思わずそう声をかけてしまった。

 「だ、だ、だ、だ、大丈夫です。ひとりで立てますから、平気ですから!」

 彼女は俺の言葉に驚いたらしい。魔法陣の中央で飛び上がると、履き慣れていないヒールに足をとられてよろめいた。

 服もめちゃくちゃだった。ショートパンツはシワだらけで、髪も地獄から転送されて来たときの衝撃でボサボサに乱れてしまっていた。まるで台風の中を歩いて来たみたいな有り様だ。

 「こ、こんにちは。私は地獄からの使者であります。お会いできて光栄です!」

 彼女は鼻が爪先にくっつくほど深く腰を折り、両手をまっすぐ差し出すという、漫画に出て来る新入社員みたいな姿勢で、俺に名刺を差し出して来た。

 俺は左手で彼女の名刺を受け取った。片手で名刺を取られたことにショックを受けているようだったけれど、そこは無視させてもらった。

 ピンク色の紙に金の箔押しで「リリス」という英文とヘブライ文字が並んでいた。ついでに、その横にはクマのイラストまで添えてあった。

 「リリス」といえば、地獄の母の別名だったはずだ。この名前が付けられているということは……

 両親からかなり適当に命名されたパターンだろう。

 言ってみれば、子供に「マリア」と名付ける人間が多いのと同じ理屈だ。

 「俺はさっき死んだばかりなんだぞ。バカに早いお出迎えだな」

口調こそ平静さを保っていたけれど、その実俺は生きた心地がしなかった(死んでいるんだから当然だけど)。

地獄の使者がやって来たということは、俺の死は天国と地獄の間に存在する「死亡管理局」で正式に「処理」されてしまった、ということを意味していた。つまり、この時点で蘇生の望みはほぼ絶たれてしまった、というわけだ。

「最近は天国と地獄の間で、亡者の獲得競争が激化しているのであります。なので業績アップのためにも、なるはやで地獄からはせ参じた次第です」

リリスはハツラツとそう説明してみせながらも、じっと俺の顔を見つめていた。

「俺の顔に何かついてるか?」

「あなたは……ジョン・ヤングさんですよね?」

リリスはまるで人気タレントにでも遭遇したかのような口調で、顔と顔がぶつかりそうな距離にまで詰め寄った。

「地獄の首相ベルゼブブを含めた三千を越える悪魔を地獄へと叩き返し、あらゆる悪魔たちを震え上がらせた、伝説級のデビルハンター──ジョン・ヤング、なんですよね?」

 「まあな。けど、地獄でのその評判はいくらなんでも盛りすぎだよ」

 俺は手を振ってみせた。

「デビルハンターだって、食うためにやってただけだ。他に資格もなかったからな」

俺の親父は神父で、おふくろは修道女だった。俺はこの世に生を受けた瞬間から、ある種の呪いを受けた存在だったというわけだ。

 生まれついての陰陽眼持ちで、五歳のときには悪魔祓いの呪文を暗唱できたし、七歳のときには野球の試合中にその場に現れた吸血鬼をバットで殴り殺したこともある。

 デビルハンターとしての人生が始まったのは、十四歳のときに教会付属の学校を退学させられてからだ。

 俺は正義の味方じゃない。悪魔どもを惨殺することで地獄に送り返して来たのも、金を稼ぐために他ならない。

 はっきり言えば、デビルハンターなんて割に合わない仕事だ。給料は安定してないし、休暇も保険もない。お近づきになった人間だってろくな目に遭わない。俺の三人目、四人目、それと十七と二十人目の彼女は全員……

 悪魔に食い殺されてしまった。

 だからこそいままで生きて来たなかで……いや、もう死んでるんだったな。享年三十二歳の生涯において、俺には家族もなく、友人もなく、妻も子も持てず、こうしてアパートの一室で孤独死するハメになっているというわけだ。

 そういえば、先月の家賃、まだ払ってなかったな。

 「や……ヤングさん、まさかこんなところでお会いできるとは思いませんでした。こ、こ、光栄であります!」

 リリスは泣き出しそうな表情でそういった。

 つづけて、彼女は幼い女の子みたいにモジモジしながら、こう訊いて来た。

 「あの……わ、私のことは覚えておられますか?」


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