終わったはずの日常はループする。
《???》
――なんだかとても……心地が良い感覚がする。
体に伝わる重みと……それから伝わる熱い温もり。
むにゅむにゅした柔らかな感触――。
……スリスリ――シャワシャワ――むにゅむにゅ……。
布団が擦れる音がする。体にはむにゅむにゅした、とても柔らかな感触と、ドクンっ、ドクンっ――と、心臓の鼓動が伝わる。
――そんな心地よさを感じ、俺は目を覚ました。
【燈馬】
「……ん――んんっ……ん――?!」
俺は目を疑った……。
目を覚まし、一瞬で“今までのコトが”――。
フラッシュバックして……ただただ唖然とした。
【瞑】
「――んっ……ん――んっ……ふぅ……ふぅ……すぅ……」
――ズキィ……ッッ!!
【燈馬】
「うグッ――マジか……これ――“嘘だろ”……?」
俺の脳内に鋭い痛みが走った。
これまで経験した、様々な酷くて醜いコトを思い返して……。
そして、“始まりのこの日”――。
俺は瞑の部屋のベッドで、瞑と一緒に寝ていて、それから腕を掴まれて、身動きが取れなくなり……。
ビックリしながら、洗面所に向かうと――。
四季司郎である俺が……森燈馬にすり替わっていた。
【燈馬】
「おいおい……マジか――ループしてる……?」
俺はあの時、“恋に”――“殺された”……。
“未完のWEB小説の最後”とはまた違う――。
“知らない展開”で、悪役である森燈馬は死んだ。
【燈馬】
「おいおい……なんで死んでないの? 俺……?」
――そぉ……ぺらっ――。
俺はひとまず、布団を少しだけ捲った。
すると……瞑は俺の体に抱き着きながら、スヤスヤ吐息を吐きながら寝ていた。
【瞑】
「すぅ……すぅ……ふぅ……んっ――んんっ……」
――むにゅっ、むにゅっ……スリスリぃ〜〜。
【燈馬】
「……まじまじと見ると……超カワイイな瞑は――」
あの時はビックリして、マトモに瞑の姿を見ていなかった。
しかし――布団の中で眠る、瞑の姿をジックリと観察すると、水色のキャミソール?
そんな薄着姿でスヤスヤ寝ていた。
【燈馬】
「ふむ……なんだか分からんが――可愛すぎる……」
中身、三十路で無職で恋愛経験ゼロの俺には、この薄着がなんと言うのか、全く分からなかった。
服装はともかく、俺に抱き着きながら眠る瞑は、とても温かく、とても可愛いものだった。
改めて瞑を眺めて見ると……。
とても長くサラサラした黒髪に、ツヤツヤな褐色肌がよく映え、小柄で華奢な体に、どこか妖艶さも持ち合わせる。
瞑もまた――“メインヒロイン”だった。
恋とはまた違う、そんな良さがあった。
【燈馬】
「ふぅ……どうすっかな――この後……」
――もし、物語が変化していないなら、きっとこの後の展開は、似たようなモノになる事だろう……。
恋に殺されたバッドエンドに関しては、イレギュラーな事態が起きたとしか思えない。
きっと……これは、正当なルートを辿らなかった為に起きたコト。
未完のWEB小説のシナリオとは違う、選択肢を選んだ俺が起こした産物……。
【燈馬】
(ループした件については理解したとして、問題は……“恋に関するコト”だな……)
そう……最後の最期――。
――恋が最後に、ナニか“重要な手かがり”を残した。
【燈馬】
「“初恋”の……人――か……」
アレだけ恋はメチャクチャで、ハチャメチャなコトをしてきたのだ……。
そのせいで俺は情けなく死んだらしい――。
そして死んだ筈なのに、こうしてまたループして、生きている。
ループした件については、理解する方が無駄な話だろう。
そもそもこの世界は――。
どっかの無名作者が作った……。
未完のWEB小説の中の世界なのだから――。
きっと、普通の常識が通用しない、チートな世界なのだろう……。
良い意味でも、悪い意味でも――。
……もぞもぞっ――シュリシュリッ……。
【瞑】
「んっあ――? おはよう……燈馬――」
瞑はユックリと目を覚ました。モゾモゾと体を揺れ動かしながら……。
【燈馬】
「お……おう。おはよう、瞑――」
【瞑】
「ふふっ……“なんか変な口調”だよ? 今日の燈馬」
今更な話だが、俺は燈馬の口調を知らなかった。
作中でも、悪役である燈馬が出てくるシーンは殆どないのだ……。
【燈馬】
「ふぅ……そうだな。“色々とあってさ”――」
俺は魔法の言葉を使った。この世で一番、都合の良い言葉だ。
発言に困った時は、みんなこう言うのだ――。
色々あるのよ……おほほ――と。
【瞑】
「そうなんだ……あっふぅ――まだ少し眠いや……」
【燈馬】
「そうだな……部屋の中寒いしな」
【瞑】
「うん……ふぅ……少しだけ――寝させて……?」
【燈馬】
「あぁ……ユックリとねんねしな……?」
【瞑】
「うん……おやすみ――燈馬……また――後で……」
……さわさわっ――さわさわっ……。
【燈馬】
「あぁ……また後で――」
【瞑】
「すぅ……すぅ……ふぅ……ふぅ……」
俺は優しく瞑の髪を撫でてあげた。
まだ――この頃の瞑は、燈馬と深くは繋がっていないのだ。
一方の燈馬は、月宮雅とイチャコラしてやがっている。
非常に複雑な時期だった。
だからせめて俺は、少しでも瞑を安心させてあげたかった。
【燈馬】
「ごめん……“お前の元に戻れなくて”――」
俺は眠る瞑に謝った。
俺は一度、選択を誤り――。
恋に囚われて死んだのだから……。
最悪で最低な形での死を――。
【燈馬】
「ふぅ……とりあえず寝てられないな」
ここで俺が寝てしまうと、前回と似たような展開へ発展してしまうだろう……。
目を覚ました俺は気がつくと、瞑に――。
その後、夜にコンビニへ向かうと姫乃恋と遭遇する。
最後に……月宮雅と――。
始まりのこの日、この一日は、とにかく目まぐるしく、展開がドカドカと起きまくる。
“ドコかで変化”させないと、堂々巡りに――。
その為には、俺はココで寝る事は出来なかった。
【燈馬】
「ふぅ……まぁ――いいや……暖かいし気持ちいいし……」
俺は瞑で暖を取っていた。とても柔らかな体の温もりと、とってもイイ柑橘系の爽やかな香りを感じながら――。
【燈馬】
「……姫乃――恋……アイツだけは気をつけないとな」
思い出すだけで、頭がオカシクなりそうだった。
俺と恋は、本当にぶち壊れるまで色々した。
本当に姫乃恋は危険な女だった。
身も心も破壊し尽くし――恋一色に染め上げられる。
アレを味わったら最後――戻る事は出来ない……。
狂気と狂喜に満ちた……。
“それ以外はない地獄のセカイ”――。
それが恋の色だった。
【燈馬】
(やめよう……アイツのコトを考えると、変な気持ちになっていく……)
俺は恋のコトを考えるのを止めた。
強烈な体験はいまだ残り、考えれば変な気持ちにさせられる。
例え、“恋に殺されたとしても”だ――。
きっと――恋の元に戻れば一瞬で終わる。
また……ナニモカモ壊されて――死ぬだけ。
そこに愛とか好きとかの感情は無い――。
一切ないと言うのは嘘になるが、きっと……。
イカれた環境で、そう感じるだけなのだ――。
【燈馬】
「ふぅ……戻ってこれて本当に良かった……」
俺は瞑を起こさない様に、囁く様に呟いた。
あの時――薄れゆく瞑への思いや感情……。
それでも――最後まで瞑への思いは残して死んだ。
どうしてループしたのかなど、どうでもいい……。
こうして、俺は始まりの日へ戻り――。
俺は瞑の元へ戻れたのだから……。
こんなに幸運な事はなかった。
本当の燈馬は不運な男だと瞑から聞いた。
しかし、燈馬にすり替わった俺は本当に運が良かった。
現実世界でも死んで、異世界なこの、未完のWEB小説の中の世界でも死んで――。
それでも――俺はこうして生きているのだから……。
本当に――こんなに幸運な事はなかった。
何度でも思えるほど、俺は幸運に満ち溢れている。
【燈馬】
「ふぅ……そんじゃ――“ハッピーエンドまで”……」
【燈馬】
「“向かおうか”――」
俺は気持ちを新たにし、幸せな未来を目指す。
一度喰らったバッドエンドを回避し――。
“最高のハッピーエンド”を目指して……。




