一時の休息は光の速さで終わり、輝く日常が真っ黒に染まって行く。
《燈馬の実家・リビング・朝》
――俺は恐る恐る、勝手に家の中へ吸い込まれて行った二人の元へと向かった。
朝からどんな展開が起こるのか、あまり考えたくもない。
きっと……“悪い展開”へ向かっているのだから。
――そのままリビングへ辿り着くと……。
瞑と葉子は二人仲良く、同じソファーに座って、黙って俺を待っていた。
なんだか俺は……二人から重苦しい空気を感じた。
しかし、そのまま無言を貫き通すワケにはいかないのだ……。
俺は意を決して二人に――。
【燈馬】
「……あっ――のぉ……“朝からどうしました”?」
……コレ以外の問い掛けは、俺には出来なかった。
【葉子】
「アンタさ……昨日、“家に帰らなかった”んだって?」
【燈馬】
「ゲゲッ――ッッ?! んな――なんでそう思うのかな?」
開口一番、衝撃の言葉が葉子の口から飛び出した。
葉子が掛けているメガネの奥から、物凄い眼光が見えて、俺は思わず目を逸らし、逆に問い掛けた。
【瞑】
「ふぅ……さっき“コンビニでアナタの両親と会った”のよ……」
【燈馬】
「お……おおん……そ、そうなんだ――それで……?」
学園に行く前に瞑と葉子は、コンビニで待ち合わせでもしていたのだろう。
そのタイミングで、燈馬の両親と鉢合わせた……。
俺は光よりも速い速さで、そう考えた。
【瞑】
「それで、買い物途中のアナタの両親と、少しだけ話をしたわ……」
瞑は少しだけ落ち込んだ様子で、顔を伏せながら、力なく呟く様な声で俺に伝えた。
【瞑】
「昨日、“燈馬は大丈夫でしたか”って……」
【燈馬】
「おう……」
【瞑】
「そしたら、帰ってないよ? “またあの子朝帰りしてきた”のよって……」
【燈馬】
「――ふぅ……すまねぇ……“それは事実”だ……」
俺はどうせ詰められる運命だった。
だから、淡々と事実を語る事にした。
【葉子】
「だろうね……“アンタは気づいてない”と思うけど、このリビングに、“厭な臭いプンプン”してるし……」
【燈馬】
「そ……それは――いや、本当にすまない……」
本当に厭な臭いだろう……。
――目の前には、本当の彼女である瞑がいるのだ。
別の女の匂いがタップリ染み着いて、酷い臭いになっているのだ。
制服は洗濯機に入れて洗ったが、部屋の中にはきっと、酷い臭いが漂っているのだろう。
俺の鼻は感覚が麻痺して、そんな部屋の匂いに気が付かなかった。
【瞑】
「スンスン――んっ……? “甘い香り”と……“凄い臭い”……?」
瞑はそんな部屋の匂いを一人で嗅ぎ出した。
俺はナニかを考え込む瞑を黙って見守った。
【葉子】
「はぁ……換気した方がイイよこの部屋……」
【瞑】
「待って……今は待って――ん〜っ?」
【燈馬】
「――ど、どどど……どうした瞑?」
遂にバレたかと思い、俺は超動揺していた。
【瞑】
「アナタさ……“別の女の子”と……“遊んだ”の――?」
【燈馬】
「……いや、その通りです。ただ……コレには深い事情があってだな……うん――」
光の速さで瞑にバレた俺は、素直に認めていた。
【葉子】
「ハァ〜〜?! マジで言ってる……?」
【葉子】
「アンタ……“月宮雅とも色々シテた”んだ……ろ?」
【燈馬】
「はい……“月宮さん”とは、もう関わりません……」
掘り返されたくない人物の名前が出てきた。
俺は既に、二人には月宮雅との関係があるコトを知られている。
そこは問題では無いのだ……。
今、一番問題なのは“姫乃恋とのコト”だった。
【葉子】
「当たり前じゃない……アンタには瞑がいるんだから……」
【燈馬】
「――あぁ、それは分かってる」
しかし、俺は瞑という彼女がいながら、月宮雅と姫乃恋と――色々シテしまった。
本当に瞑には申し訳ない気持ちで一杯だった。
【瞑】
「……それで? “誰と楽しんだ”のかな……?」
【葉子】
「そうだ、燈馬……“アンタ誰とシタ”の……?」
二人にがん詰めされる俺は、意を決して――。
【燈馬】
「……“姫乃”――“恋と”だ――」
たった一言、そう伝えた……。
【瞑・葉子】
「………………」
二人は絶句していた。
チョット前に俺達は、姫乃恋と関わらない様にしようと、決めていたのに――。
俺が真っ先にそれを破ってしまったのだから……。
そうしてしばらくして――。
【瞑】
「ごめん――葉子……“先に学園行ってて”くれる?」
【葉子】
「――ちょっと待ってよ?! “まずコイツ”を“一発思いっ切りぶん殴らせて”よっッ!!」
葉子は明らかにブチギレていた。
気持ちは痛いほど分かる……。
自分の親友の瞑の幸せをきっと、誰よりも望んでいるのだから……。
俺は葉子の言葉通りに――。
【燈馬】
「あぁ……“イイぜ”? “何発でも”、“何十発でもお前に殴られてやる”……」
――ガタッッ!! ギュッッ――グイグイッッ!!
【葉子】
「上等だ……“覚悟は出来てんだろう”なぁ……燈馬」
俺は葉子に胸ぐらを掴まれていた。
俺より背が低い葉子だったが、それでも物凄い圧を感じ、物凄い怒りを感じた。
【燈馬】
「やれよ……気が済むまで――いつまでも、お前に付き合ってやる」
俺は覚悟を決め、本気で葉子にぶん殴られようとしていた。
――スッ……。
その時だった……。
【瞑】
「――葉子も燈馬もやめて……」
辺りは一気に静まり返る――。
俺達の間に瞑が割り込み、俺達を止めに入った。
【瞑】
「葉子……それは後にして、今は学園へ行って?」
【葉子】
「瞑……アンタ一人でイイの? “こんな浮気者”と一緒に……」
本当に酷い言われ様だった。
しかし、出来心じゃないとしても、俺は同じコトをしてしまった。
実質でもあり、事実――“浮気者”だった。
……だから俺は、一言もなにも言えなかった。
【瞑】
「いいよ……“もう行って”――葉子……」
【葉子】
「……チッ――」
――グイッッ!! バンッッ!!
【葉子】
「燈馬ぁ……テメェ――“後で覚えてろよ”……」
【燈馬】
「あぁ……分かってる」
【瞑】
「さぁ……行って、葉子……」
【葉子】
「……瞑、後でちゃんと話聞くからね――?」
【瞑】
「うん……後でね?」
【葉子】
「あぁ……クソッ――こんなの学園ドコロじゃないっての……はぁ、まぁ……イイや、じゃあね……瞑」
【瞑】
「うん……」
――タッタッタッタッタッ……。
カタカタカタッ――。
ガチャッ――キィイィ……バタンッッ!!
葉子は足早にこの場を立ち去った。
思いっ切りドアを閉じる音を残して――。
そして……俺と瞑は二人になった。
【瞑】
「さぁて……“二人っきりでお話”しましょう?」
【瞑】
「うっふふっ……ねぇ――“燈馬くん”?」
【燈馬】
「ゔッ――な、なんで……くん付けなんだよ……?」
【瞑】
「ふふっ……“姫乃さんっぽい”かなって」
【燈馬】
「あっ――いや……まぁ、確かにそんな感じだった」
急にナゼか瞑は、くん付けで俺を呼んでいた。
【瞑】
「“甘い甘い”……”一時の思い出”を私に教えてよ?」
【燈馬】
「うグッ――?! いや……その、あの……」
一瞬で俺の脳は、姫乃恋との一時の記憶を呼び起こしていた。
脳が痺れるほどの……“強烈な体験”を――。
……ススッ――ギュッッ――ガシッッ!!
ソファーからユックリと立ち上がった瞑は、いきなり俺の体に強く抱き着いてきた。
【瞑】
「逃さないから……うっふふっ? それに……“今日は両親居ない”のよね――?」
【燈馬】
「ゔッ――い、居ないょ? う……うん――?」
いきなり瞑に抱き着かれて、とっても嬉しい気持ちもあれば、同時に恐怖も感じ、俺は萎縮していた。
しかし……ふわりと香るフルーティーな匂い。
そんなモノが瞑の黒い長い髪から薫り、俺はメチャクチャ、ドキドキしていた。
恋のあま〜い匂いではなく、柑橘系のような爽やかなとっても良い匂いがして、俺はとてもクラクラしてきていた。
【瞑】
「じゃあ……“今日はタップリお話出来る”わね?」
【燈馬】
「うん……できる、うん――」
俺は徐々に語彙力が低下していった。
【瞑】
「はぁ……今日は“タップリ上書き”しないとだなぁ」
【燈馬】
「はひっ――?! そ……それはつまり――?」
【瞑】
「ふふっ……“分かるでしょ”?」
【燈馬】
「なっ――ナニを……?」
俺は本当は分かっていた。でも……知らないフリをした。
【瞑】
「燈馬……“姫乃恋に染まったアナタを”……」
【瞑】
「うっふふっ――“私が”……“染め直すの”……」
【燈馬】
「……ぐふっ――?!」
腰痛は軽減して殆ど痛みは無い。しかし――疲労感だけは残り続ける。
このまま“超ハードな展開”を迎えたら、一体、俺はどうなってしまうのだろうか……?
想像しただけで、震えてくる話だった。
【瞑】
「さぁ……“たっ〜くさん”、“お話しましょう”?」
【瞑】
「ねぇ……“燈馬”――“くん”?」
【燈馬】
「う……うん……」
――こうして、狂気の狂喜で狂乱な一日が始まる。
《燈馬の部屋・明け方》
――凄い一日だった……。
朝から晩を軽く通り越し、明け方まで……。
俺と瞑はたくさん、お話をした……。
あんなコト、こんなコト、そんなコトや、スンゴイコト……。
もう――脳ミソがぶっ壊れて、マトモに回ってはいない……。
完全に……姫乃恋との甘いワンシーンは消え去り。
今は……“月夜瞑の色”に“どす黒く変わった”――。
ピンク色な世界は……混沌に染まって……。
美しい思い出は台無しになる。
ただひたすら……。
暴力的で破滅的な思い出に染まり、身も心もグレーから漆黒へ染まって行った。
【瞑】
「ふぅ……そろそろ、“お片付けしよっか”……?」
【燈馬】
「あぁ……そうしよう。親達帰って来るかもだし」
【瞑】
「そうね……“あの二人も楽しんだかな”?」
【燈馬】
「あぁ……“俺達の様に”――“楽しんだだろう”……」
【瞑】
「ふふっ……そうならイイね?」
――ススッ……タンっ――。
【燈馬】
「……あぁ――“キレイ”だ……瞑」
横になる俺の目の前に立った瞑は、とても美しかった。
【瞑】
「ふふっ……アリガト――燈馬」
華奢で小柄な体で、とてもツヤツヤした褐色肌。
とても長い黒髪を下ろし、赤い瞳はキラキラと、ギラギラと輝いて――。
少しだけ湯気だった瞑は、どこか妖艶に見え、とても大人びて見えた。
俺はそんな瞑にまた惹かれて行く。
――グイッッ!! ザザザッッ――。
【燈馬】
「おわっ――?! ちょ――引っ張んなって!!」
【瞑】
「ふふっ……いつまで横になってるの? 起きて」
――タンっ……。
【燈馬】
「……分かったよ、さぁ……急ごう!!」
【瞑】
「うっふふっ――そうね……急がなきゃね?」
俺は瞑に無理矢理引っ張り出され、そのまま……。
大掃除を開始するのだった。
【瞑】
「早くしないと、“二人共帰ってきちゃうよ”?」
【燈馬】
「分かってるよ!! 超スピードでやんぞ!!」
こうして俺達は、朝から大掃除に勤しむ。
そして、こんなバタバタした日々もまた……。
俺はイイなと感じていた。
きっと――この後に待ち受ける展開は……。
“バッドエンド”だとしても。
“今ある幸せを噛み締める”だけだった。
例え、“この日常が嘘で偽り”だとしても……。
今の俺はただただ、受け入れるだけ。
着実に終わりに近づく日常を。




