新体験が始まる。
《洗面所前》
――未だ、状況は飲み込めていない。
しかし、目の前に映るモノが物語っている。
【燈馬】
「……なるほど――これが……“アイツ”が描いた悪役の姿だったのか」
洗面所の鏡の前に映る自分ではない姿。ソイツは紛れもなく、アイツが書いた未完のWEB小説の悪役の姿そのもの。
【燈馬】
(しかし……見事な悪役の姿だ。顎くらいまで伸ばしたボサボサなプリン頭に、中々の長身……)
――むにっ、むにむにっ!!
【燈馬】
「しかし……酷い目のくまだな。う〜ん、別に顔は悪くないし、うむ……」
ぎにゅっ、ぎにゅっ、ギュッ――。
――ガラガラガラガラッッ……!!
【瞑】
「燈馬……“ナニしてる”の……?」
【燈馬】
「あ……いや、そう言えば俺って“こんな姿”だったなってさ?」
俺が悪役の顔や体を触って、まじまじと観察していた事がすぐにバレてしまった。
【燈馬】
(まさかノックもせずに洗面所に入って来るなんてな。気をつけないと……)
もし自分が全くの別人だと伝えてしまったら、なにが起きるか予想もつかないからだ。
【瞑】
「本当に大丈夫なの? 本当に記憶が無いように見えるけど……」
瞑は心配そうな顔を見せ、そのまま俺から目線を外した。
【燈馬】
「悪い……なんだか疲れてるのかも知れない。だけど、少し休んだら良くなるさ」
俺はなるべく瞑に悟られないよう、上手く切り抜けることにした。
どこまでハッタリが効くかは分からない――。
いずれバレることだろう。だけど、それは今じゃない。きっと今はタイミングが悪い。
そう考えた俺は暫くの間、森燈馬にすり替わり過ごす事に決めていた。
【瞑】
「……そう。分かった」
【燈馬】
「すまん、少し寝させてくれ」
【瞑】
「良いけど、私も一緒だよ?」
【燈馬】
「……あぁ、勿論」
【瞑】
「なにその嫌そうな返事? “大丈夫”だって……」
【燈馬】
(なんだろう……その大丈夫って言葉が妙に含みがあるように聴こえてならない)
なんとなくだが、嫌な予感がしてならなかった。
【瞑】
「ふふっ――“今日は乱暴しない”から……」
ドキッ――ズキッ――!!
ガタッ……カタカタッ――。
【燈馬】
「……………………」
そこはかとなく危険な匂いがして、俺は思わず後ずさりをしてしまう。
心臓を打つなにかと、自分の身に降り掛かりそうな危険なナニか――。
完全に警戒して面食らう俺の元へ、ジワリ……ジワリ……迫りくる瞑の姿。
【燈馬】
「ヒッッ――」
沈黙を保っていた俺は遂に情けない声を出した。
どこか悪い顔をして、どこか艶めかしい表情も窺わせ、瞑は……。
――ピタッ……ギュっッ!!
くにゅっ――くにゅっ……!!
【瞑】
「ふぅ……寒いから、早くお布団まで行こ?」
ドキッ――!! ドッドッドッドッドッ!!
【燈馬】
「うぐっ――う……うん……い、行くか……」
【瞑】
「うん、行こう!!」
“別の意味”でドキドキしてしまった。
まさか、そのまま抱き着いて来るなんて……。
――そのまま俺達はまた寝る事になった。
そして……。
《ベッド》
【瞑】
「すぅ〜すぅ~、ふっ――ふぅ……んんっ――ん……」
【燈馬】
「……」
【瞑】
「んふぅ……ンッ――んふっ……すぅ〜すぅ……」
【燈馬】
「…………」
【瞑】
「んふぁ――んっ……んむむぅ……んふぅ〜すぅ……」
【燈馬】
「………………」
――ガバッッ!! バシッッ!! ギュッッ!!
【瞑】
「んんんぅ〜〜ふぅ……ふぅ……すぅ〜すぅ〜」
【燈馬】
「……………………」
【燈馬】
(寝れるかぁあぁあァア”ぁアぁ”アぁ〜〜!!)
俺は今、世界最大の危機に直面していた。
可愛い寝息や吐息、そして――ガッツリ伸し掛かって、身動きがまるで取れない!!
本当は本当に少し休んでなにが起きているのかを整理したかった。
同時に現実逃避もしたかったのかも知れない……。
【瞑】
「んふふ……むにゃむにゃ――すぅ〜すぅ〜」
【燈馬】
「……んふふじゃねえよ――ったく……はぁ」
色んな意味で辛い、そう“色んな意味”で。
だけど……。
【瞑】
「ふぅ……ふぅ……すぅ〜すぅ〜」
ススッ――サワサワ……シュリシュリ……。
布団が擦れる音が聴こえ、それと同時に瞑の暖かい温もりも伝わってくる。
【燈馬】
「ふむ……人肌ってこんなに暖かいモノなんだな」
現実世界では味わう事が無かった、人肌の暖かさや人の軟らかさ。
色んな感情が頭の中で踊り、なんだかとても心地が良かった。
【燈馬】
「ふぁ――ぁあっ……むにゃむにゃ……ふぅ……」
【燈馬】
(心地が良い……やっと寝れそうだ……)
未だ寒い部屋の中で、俺達二人は……。
温もりを感じながら――眠る。