部署に挨拶
麗奈さんと昼食を終えた俺は、午後の仕事に取り組む。
今度は指導をすることではなく、自分の仕事をしている。
明日のゴールデンウィークまでに、終わらせておかないといけないからだ。
デートとか色々問題はあるが、今はこちらに集中しないと……!
すでにキャパオーバーをしているが、俺は何とか仕事をこなしていく……。
「えっと……この会議の資料は、このファイルに入れて……顧客リストはこっち……メールを送って……よし、これでひとまず安心だな」
「水戸君、どうかな?間に合いそうかな?」
「あっ、課長。ええ、今終わったところです」
「それは良かった。では、私と一緒に来てもらえるかな?」
「はい、良いですが……どちらへ?」
「来週から仕事をしてもらう部署に挨拶に行こうか。顔合わせ程度でもしておけば、後々面倒なことを省けるからね。何より……心象が良くなるからね」
「そうですね……こちらからお願いします。案内してもらってよろしいですか?」
「ええ、もちろんです。私は、貴方のそういうところが好きですね」
「え?あ、ありがとうございます……」
何だろ?いつもなら……そんなことないと思うのだが。
今は——言葉がスッと入ってきた気がする……。
「おや?……良い顔してますね。これは、後押しした甲斐がありましたかね」
「え?」
「いえ、こちらの話です。では、行きましょう」
「は、はい」
戸惑いつつも、課長についていく。
……一体、どういう意味だろうか?
最上階の6階に部署があるので、階段でいくことにする。
「確か……商品を調理する場所もあるんですよね?」
「ええ、最上階が適していますからね。うちのビルは火災にも強いですが、万が一ということもありますから……」
下の階で火事が起きたら、逃げ場はないからなぁ……。
そのまま階段を上がった先の扉を開けると……。
「あら!田村君じゃない!」
入り口にて、少し恰幅の良いハキハキした女性がいた。
確か……食品部門の部長で、三船さんだったかな?
「三船さん……君はよしてくださいよ」
「何言ってのよ!まだまだ君で十分よ!私より若いんだがら!」
「二つしか違わないじゃないですか……ハァ、水戸君、食品開発部門の責任者である三船里美さんだよ」
「初めまして、三船部長。私は監査及び情報事業部門の水戸と申します」
普段言うことないけど……正式名称はこれで合っているはず。
「ええ、初めまして。貴方が、田村君と麗奈ちゃんのお気に入りね?」
「えっと……そうなのですか?」
「ええ、そうですよ。うちの部署の仕事は地味です。同じような仕事を毎日毎日続けます。そんな中、コツコツと淡々と仕事をこなす貴方は、我が課にとっては欠かせませんから」
「ありがとうございます。そう言って頂けると嬉しいです」
「あれ?話と少し違うわね?なんか、自信がない子だって聞いてたけど……しっかりと聞き入れているし、雰囲気もそんな感じしないわね……」
「え?」
「どうやら、一皮向けたようでね。麗奈ちゃんのおかげかもしれません」
「良い女っていうのは、良い男を育てるっていうからね!麗奈ちゃん、元気にしてる?」
「ええ、最近は水戸君のおかげで柔らかくなってきましたし……」
「あら……?これは、今度話を聞くべきね……」
「えっと……」
どうしよう……完全に置いてけぼりだ。
一つわかるのは……自信か。
松浦係長には、たくさん褒めて頂いた。
確かに、そのおかげで少しはついたのかもしれない……。
これは……ますます、恩返しをしなくてはな。
「あら、ごめんなさいね。麗奈ちゃんは新入社員の頃から知ってるから。色々大変だろうから、少し気にかけたり……田村君とは、年は違うけど同期なのよ。最初は、一緒の部門だった関係で仲が良いのよ」
「そうだったのですね……」
「ハハ、すまないね。こういう方なんだ。エネルギッシュというか……でも、悪い方じゃないから。しっかりと意見を言えば、話を聞いてくれる人だ。遠慮なくいうと良いよ」
「貴方が覇気がなさすぎるのよ!全く……それさえあれば、もっと上に行けたのに……」
「いえいえ、私にはこのくらいがちょうどいいのです。身の丈に合わない役職は、本人も部下も不幸ですから……」
……当たり前だが、課長にも色々あるんだろうなぁ……。
そのうち、そういう話も聞いてみたいな。
「まあ、正しいわね……さて、では来週からということで良いかしら?」
「はい、よろしくお願いいたします」
俺は次に周りを見渡してから、再び口を開く。
「皆さまも、よろしくお願いいたします」
拍手が起こり、皆が笑顔を見せてくれる。
ほっ……良かった。
これからは、円滑なコミュニケーションを取ることが重要になってくるからな。
最後に、お仕事の最中にお邪魔して申し訳ありませんと言い、部屋を出る。
「さあ、これでひとまず安心だね」
「課長のおかげですよ。ありがとうございます」
「いやいや、私は何もしてませんよ。では、私は私室に行きますね」
「わかりました。では、失礼します」
課長を見送った後、俺は給湯室に入る。
少し緊張したので、喉が渇いたからだ。
「フゥ……やっぱり、知らない人と話したり、見られるのは緊張するな」
「あれー?水戸先輩じゃないですかー?」
「森島さんか、休憩かい?」
「いえ、お茶を出そうかなーって。多分、このタイミングが良いと思うので」
「森島さんは、そういうところに気づくよね。いつも助かるよ。ありがとね」
「……水戸先輩くらいですよ。お茶出して礼を言う人……」
「いや、みんな思ってるんじゃないかな?それに、横山だって言うでしょ?」
「間違えました、毎回言うのは水戸先輩くらいですね。やっぱり、口に出して言ってもらえると嬉しいですからねー」
「まあ、そうだよね」
……なんか、最近の森島さんは話しやすい気がする。
あれか……猫を被ってないからかな?
言い方がサバサバしてるから、そっちのが楽だな。
「今、良からぬことを考えましたね?」
「い、いや……ハハ……」
「良いですよ、別に。水戸先輩の前で猫被っても仕方ないんで」
……これは、相手にされていないってことだな。
ウンウン、変な勘違いをする前で良かったよ。
「楽な方でいいんじゃないか?疲れるしね」
「またそういうこと言いますか……あっ、電話番号教えてくださいよー」
「え?いや、それは……」
「水戸先輩には気を遣わなくていいので、会社の相談とかしたいんですよー」
「なるほど……」
確かに、松浦係長とは違うけど大変そうだもんな。
セクハラっぽいことも、上手く躱してはいるけど……。
ストレスは溜まるだろうなぁ……。
……よし、せっかく俺を頼ってくれたんだ。
ここは、先輩として応えるのが筋ってものだろう。
「ダメですかねー?」
「いや、良いよ。ただし……」
「わかってますよー。そんなに連絡もしないですから。いざって時に相談に乗ってくれたら嬉しいです」
「ああ、俺で良ければ」
「なんか、雰囲気変わりましたねー?」
「うん?そうかい?」
「うーん……自信がついた感じですかね……」
……鋭い子だな。
「まあ、指導も任されるようになったしさ。いつまでも、ウジウジしてるのも良くないかなってね」
「あっ、そういうことですか……ふーん……」
その後、番号交換をする。
「……これで良いですね……さて、お湯が沸きましたね」
「手伝うよ」
「ありがとうございます」
その後、お盆を持った森島さんは給湯室から出て行った。
「さて……俺も変わらないとな」
まだまだ、過去を思い出すのは辛いが……。
少しずつ、前に進んでいくしかないよな……。




