新しい日常
いつもより30分程度早く起きた俺は、早速調理に取り掛かる。
「引き受けたことを後悔はしてないけど……正直言って、やる段階になったらめんどくさいと思うかと思ったが……」
意外と悪くないと思っている、自分の気持ちに気づく……。
麗奈さんが喜ぶ顔を想像したら、なんだが嬉しくなる……。
「それに……やっぱり、料理自体は好きなんだな……」
そんなことに、今更ながら気づくのだった……。
これも、麗奈さんのおかげかもな……。
「メインの唐揚げは、昨日から浸けておいたから揚げるだけ……レモンでさっぱりと。下にはレタスをひいて……ウインナーは定番の形にして……きんぴらごぼうと、ひじきと大豆の煮物……卵焼き……甘い方がいいかな?デザートは疲労回復に効くリンゴにしよう。とりあえずは、定番らしく作ってみるか。俺もリハビリが必要だし……」
……いかんな。
つい癖で、作る前に声に出してしまう……。
親父が口癖のように言っていた……。
料理を作る前に言葉にしてイメージすること。
それが作業効率も上がり、ミスも少なくなると……。
「……実は……今の仕事でも言えることなんだよな……」
打ち込む前に、頭の中でイメージしたり声に出すとミスが減る。
……そこだけは感謝しても良いかもな。
「さて……さっさと作るとしますかね」
その後手早く調理を済ませて、綺麗にお弁当箱に詰めていく……。
「なんか可愛くないな……男の弁当って感じだ……うーん、そういうのも考えた方が良いかもしれない」
前日に仕込んでいたので、30分でお弁当が完成した。
スーツに着替え、タクシー乗って会社へ向かう。
「危ない、危ない……原付を置いてってるんだった……」
麗奈さん……喜んでくれるだろうか?
……乙女か、俺は……。
午前中の仕事を済ませると……。
「水戸君、良いかしら?」
「ええ、係長。自分の分は終わりました」
「では、小野君」
「は、はい!」
「水戸君に、仕事を教えてもらいましょう。貴方も2年目——新入社員に教える立場ですからね?いつまでも出来ませんや、失敗しましたは通用しないわよ?」
「は、はぃ……」
「小野君、そんなにビビることはない。松浦係長は、君に期待してるからそう言うんだよ。ねっ?松浦係長?」
「そ、そうね……そういうことよ」
「が、頑張ります!」
「じゃあ、やっていこうか」
「……水戸君……よ、よろしく頼むわ」
「ええ、俺に出来る限りの事をします」
小野君の横につき、アドバイスをしていく。
「イメージですか?」
「ああ。今日の仕事を始める前に、やることをイメージするんだ。そうすれば、仕事効率は上がるはずだ。ロスタイムが減るし、自分で決めたことを出来る。もし、あれなら試してみると良いよ」
「へぇ……!だから、水戸さんは仕事が早いんですね……やってみます!」
「まあ、アドバイスしてなんだけど……人それぞれやり方は違うから、自分に合ったやり方を見つけると良いよ」
その後、顧客のリストや商品情報の仕分けなどを教えていくが……。
「あの……タイピングってどうすれば早くなりますか?」
「個人的には……打つ前に内容を確認することかな?イメージと似たようなものだけど。後は、キーボードを見ないこと……さっきから見てたら、指の位置も固定されてないね。自分の手の位置を決めて、そっから打っていくといい。身体が覚えていくはずだよ」
「は、はい!ありがとうございます!そういう当たり前のことって聞き辛くて……以前、そんなことは自分で考えろって言われて……何回も聞くなって……」
「まあ……色々な人がいるからね。ただ、俺には遠慮なく聞くといい。どんなつまらないことでもね。同じことを聞いてもいいし……流石に何十回も聞かれたらアレだけどな?」
「あっ——ありがとうございます!」
俺は親父のようにはならない。
わからないなら、自分で調べろとか。
相手を罵声したり、一度で覚えろとか。
乱暴な言葉を使って、相手を萎縮させないように。
そして、お昼休みを迎える。
今日も課長の部屋で、昼食をとることにした。
課長は外食をするらしく、あまり昼には使わないようだ。
二日に一回なら使って良いと言われた。
仕事の話もあるからと……それ以外にもね?と意味深なことも言われたけど……。
「わぁ……!唐揚げさんだぁ……!」
……おい、可愛いんのですが?
さっきの氷の女王は何処へ?
「どうぞ、召し上がってください。味付けが濃いとか薄いとか。量とかも、少ないとか多いとか遠慮なく言ってください」
二段のお弁当の内容は、下の段にはのり弁。
上には唐揚げ、ウインナー、レタス、きんぴらごぼうと、ひじきの煮物、プチトマト。
別の小さい箱には、りんごを入れてある。
「ううん!美味しいし、量も丁度良さそう。それに——タコさんウインナーまで……!すごいわ!」
「ハハ……」
少し手間暇かけたけど、こんなに喜んでくれるなら嬉しいな。
俺も食べてみる……うん、美味い。
どうやら、腕は鈍ってないようだ。
その後、麗奈さんは夢中で食べ進める……。
そして、あっという間に食べ終わった。
「ご馳走さまでした。ああ——美味しかったわ……味はもちろんなんだけど、人の暖かさとかそういうのが……」
「麗奈さん、次回はもう少しゆっくり食べてくださいね?噛むことは大事ですし、健康にも良いですから」
「は、はーい……」
拗ねた顔……反則だろ……。
「……こんな感じで良いですか?種類とかも」
「うん!好きなのばっかり!バランスも良いし」
「でも、見た目が可愛くないですよね……」
「そうかな?トマトの色もあるし、そんなに気にならないよ?やっぱり……料理の盛り付けとか気になる……?」
「そんなに気を使わなくて良いですよ。ええ、少し気になりますね。まあ、麗奈さんがいいなら別に良いですし」
「私はこれで十分……水戸君」
「はい?」
「どうもありがとうございました」
「頭をあげてください。俺が自分で言い出したんですから」
「それでも、ありがとう。とっても嬉しいし、美味しかったわ」
「ならよかったです。それは、最高の褒め言葉ですよ」
「そ、それに……さっきのことも……」
「はい?何かしましたか?」
「小野君にキツく言っちゃった時、フォローしてくれたでしょ?もう癖付いちゃって……だから、物凄く助かったわ」
「いえいえ、あのくらいでよければいつでも。きっと、そのうちわかってくれますよ」
「水戸君……そうかな?できるかな?だといいな……」
今……この顔を知っているのは、俺だけだと思うことは許されるだろうか?
この顔を、他の人に知られたくないと思うことはいけないことだろうか?
……ハァ——どうして貴女は——俺の前でだけ……そんなに可愛いのですか……?




