変わる生活?
次の日から、俺の生活は変わら……なかった。
「おはよう、水戸君」
「おはようございます、松浦係長」
「ええ。今日も、よろしくね」
「はい、こちらこそ」
……ホッ……良かった。
普通の態度だ。
これなら、俺も問題はない。
ただ……可愛いらしいあの姿を知ってるからか……。
これはこれでギャップがあって良い……。
……って何を言ってる!?
……少し、変わったことがあるとすれば……。
「あっ——おはようございます!」
「ああ、おはよう。小野君」
「おはようございます」
「ええ、おはようございます」
皆から、気軽に挨拶されるようになったようだ。
……どんだけ、気を使われていたんだ……。
これは反省すべきことだな……。
もちろん、今までも社会人の基本として挨拶はしていたが……。
こう……みんなのトーンが違う……。
「さて……今日も頑張るとしますか」
不思議と気分も良い。
関わり過ぎないことも考えものだな……。
前言撤回……。
俺の生活は変わったようだ……。
「水戸君、良いかしら?」
「はい、なんでしょうか?」
「今日から、私とお昼を食べましょう」
「はい?」
周りがざわざわする……。
「え?どういうこと?」
「そういう関係?」
「えー、ショック……」
だが、麗奈さんの顔つきが——凍る。
「静かに——」
決して大きい声ではないのに……皆が黙る。
そうだ……これが、よく知っている松浦係長だ。
「そういうことではありません。詳しくは言えませんが、水戸君には新商品開発のアドバイザーをしてもらいます。なので、ここの仕事から少し離れる時間が増えます。その仕事が始まる前に、新入社員や2年目の方を指導をしてもらいます。その打ち合わせの時間がないので、お昼を食べながらということです」
「そういうことね……」
「うわー、可哀想……」
「お昼ご飯くらい、ゆっくりしたいよなー」
「……何か——?」
「「「……………」」」
ハハ……上司っていうのも大変だなぁ……。
俺は、係長のことを知っているからアレだけど……。
無理しているんだろうなぁ……何か、手助けできれば良いけど……。
あれ?俺は——なんでここにいるんだ?
「ご、ごめんなさい!お昼ご飯の邪魔しちゃって……そんなつもりはなかったんだけど……うぅー……迷惑だったよね……私だって、あんな言い方したいわけじゃないのに……」
「い、いえ……それは大丈夫ですよ。係長が、ホントは優しい方なのは知っていますから。それで……何故、この部屋に?良いのですか?」
「えへへ……コホン……課長が使いなさいって……人に聞かれたら困る内容もあるだろうからって……新開発の情報は、なるべく知られない方が良いしね」
「確かに……他社の営業の方に聞かれたり、営業に行く社員などが喋ってしまう事がありますからね……」
特に営業の人は危ない……。
飲みに誘われて、他社に情報を漏らしてしまった人もいるし。
「ここなら、管理職しかいないから万が一聞かれても安心だわ。それで、明日から早速指導をしてほしいんだけど……」
「待ってください」
「え?な、何?どうして怖い顔してるの……?」
これはまずい……由々しき事態だ。
顔色も良くないし……ストレスなどでお疲れの様子……。
「係長……いや、麗奈さん」
「は、はぃ……」
「サラダとうどんだけではダメです。俺の家に来た時は、ご飯もおかわりしていましたね?つまり、小食ではないということ……アパートといい……詳しいことは聞きませんが、お金がないのですね?」
聞こうか聞くまいか相当迷ったが……知ってしまったからには心配だ。
これからも、一緒に仕事をするわけだし。
「うぅー……バレちゃった……みんなに聞かれたら、体型維持のためとか言って誤魔化してたのに……そうなの……お金がなくてね……」
「俺もそう思ってましたよ。スタイルが良いですからね。お弁当とかは作らないのですか?」
「ほ、褒められた……えへへ〜」
「あの……?」
「ご、ごめんなさい……作れないの……あの買い物カゴ見たでしょ?」
「……そういや、そうでしたね。惣菜や弁当ばかりでしたね……」
「はぅぅ……恥ずかしぃ……い、一応、挑戦はしたのよ?ただ、若い頃にそういうことをしてる暇がなかったから……この年から始めるとなると、時間も中々ないし……」
まあ、誰よりも早く会社に来てるしな……。
激務だし、責任のある立場だし……。
うーん……やってみるか。
この間、久々に人に食べてもらったら嬉しかったし……。
「麗奈さん……もしよろしければ——2日に1回、お弁当を作ってきても良いですか?」
「え……?えぇ——!?」
「声が大きいですよ」
「で、でも……!どうして……?」
「身体が心配だからです。これからの時期、ますます忙しくなります。それに夏に向けて体力をつけないと、仕事にも支障が出ますよ?」
「うぅー……わかってはいるのよ?」
「ですが、お金も時間もないと」
「す、すみません……」
「謝ることはありませんよ。で、良いですかね?」
「で、でも、迷惑じゃない……?嬉しいけど……」
「大した手間ではありませんよ。見てたでしょ?」
「確かに……パパっと作っていたわね……で、でも、お金が……」
「そのうどんとサラダでいくらですか?」
「……400円です」
「俺が作れば、栄養がついて200円程度ですね。では、200円頂きましょう」
「そ、そんなに安く……?で、でも、水戸君が損するだけじゃ……?」
「自分の分も作れるので、俺にも利点はあります。本当なら作りたいんですけど、1人分って結構大変なんですよ。材料も中途半端だし、作る量とかも……」
「だ、誰かに作ってたの……?」
「ええ。俺は大学生の時、姉貴と暮らしていましたからね。当時、住まわせてもらっているお礼として、社会人の姉貴にご飯を作ってましたね」
「あっ——そういうことかぁ……ホッ」
「では、決まりで。明日から作ってきますので」
「ご、強引だわ……むぅ……お礼は何をしたら良いの……?私にできることなら、なんでも言って……?」
……俺は自分を殴りたい。
今、何を考えた?
バカなのか?俺は。
「……いえ、今まで通り仕事をなさってください。それが、1番のお礼となります。部下の仕事を評価し、話を聞いてくれる上司は貴重ですから。麗奈さんが元気じゃないと、俺が困ります」
「水戸君……ありがとうございます。ですが、きちんとお礼は考えておきます」
「それはお任せします。俺は、あくまでも自己満足なので」
その後仕事の打ち合わせをし、昼食を食べ終える。
「さて……戻りましょうか」
「あのっ!」
「はい?」
「……昨日のメール……登録消さなくても良いってこと……?」
「……はい、そのままで。ただ……」
「わかってる!そんなにメールしたりしないから——!」
「ちょっと——!?」
松浦係長は足早に去っていった……。
……いや、俺は……。
リクエスト聞きたいから、メールくれって言おうとしたんだけど……?
とりあえず……俺の生活は変わるようだ……。




