第二章 開門
今日で49日目。
年子は再び門の前に立った。
門にはたくさんの花が掛けられており、最初に訪れた時とは打って変わり
まるで花園と言った風にデコレーションされている。
その花を一本ずつ目で追い数えた。
丁度49本ある。
「いったい誰が・・・」と年子。
誰かが居るのは確かだ。
門番なる者が奥からやって来て、
「開門!」と声をあげ 儀式めいた事をするのではと あれこれ思いをめぐらし暫く待つことにした。
が、待てど暮らせど誰ひとり来ない。
自動ドアのように勝手に門が開く様子もない。
「ん? まさか・・・」
わずかな疑念を抱きながら、首を少し傾け 門を斜めの方向から覗いてみた。
30㎝程向こう側に開いている。
「これが開門かい?」と呟いた。
門の正面に立っていた年子にはそれが見えなかった。
華々しい開門を期待し過ぎ、意外にも地味な開門に拍子抜けする年子だった。
切り替えの早い年子。
気を取り直し、開門の喜びに胸弾ませながら町へと一歩足を踏み入れた途端のこと、色味の無い静寂な町は一変した。
門から町の奥へと、色彩の波が沖へ流れるかのように次々に町をパステルカラーに染めて行った。目を見張るほどの美しい光景にうっとりするも次の瞬間 突然の違和感を覚えた。
門のすぐ側にある あの小さな家の屋根の他には、屋根どころか窓も無い 壁とドアだけの町並みが広がっていたからだ。
町の両側には何処で途切れるかも知れぬほどの長い壁、
壁面には大小様々なドアが不規則な間隔で並んでいる。
太陽は見当たらないのに 辺り一面が燦々と降り注ぐ日の光のように照らされ、温もりさえ感じる空気に心身共に温まる思いがした。
御伽の国でもなく、魔法の国でもない、今までに見たことも想像すらしたことのない綺麗で清々しい光景に 心が満たされ微笑む年子だった。
次の瞬間、門の側の小さな家のドアから 凄まじい勢いでタローが飛び出して来た! 速度は多分マッハ!
そして年子の足元で ちぎれんばかりに尾っぽを振りながら その場でぐるぐる回っている。
「タロー!お前ここから来たのかー!」
再会の喜びに満たされていた年子の心に拍車をかけた。
90歳の年子もタローの真似をして、四つん這いになり その場でぐるぐる回った。近づいて来たタローの頭や胴をまたゴシゴシと撫で強く抱きしめた。
「今度は消えないね、お前さんの臭いはホッとするね!」
と、安らぎの笑みを浮かべる年子。
後から後から、幼少期に年子が慈しみ飼っていた金魚や蛙、かぶと虫にクワガタ、こおろぎ、キリギリス等々たくさんの生き物たちが その小さなドアから出て来ては、年子にまとわりつき喜びを表した。
まるで黒い雪だるまと化した年子がその中心で、
「嬉しいけど・・ ちょっと気持ち悪いね・・・」
と口ごもり苦笑した。
いつの間にかそこに 再び少女時代の年子が現れ唐突に話し出した。
「あの花はタローや他の生き物達が
49日間を待ちわびて毎日一本ずつ門に掛けていたものです。」
と門の花を丁寧に外しながら年子に伝え、更に話を続けた。
「あの日、老いた私がノックした小さな家のドアは・・・」
と言いかけたとき年子が
「ちょ、ちょっと待って!"老いた私"はやめてよ!
家族はみんな"鶴ちゃん"って呼んでるから゛・・・」
「はい」
と軽い返事をし 再び話を続ける少女時代の年子。
「あれは 鶴ちゃんが子供の頃に飼っていた、つまり私もですが、その生き物達の家なのです。そして注いだ愛情がこの世界では屋根となり 生き物達は未来永劫に守られるのです。」
「そうなのかい! 大人になってから私は生き物など飼ったことないよ! それは私と言うより少女時代のお前さんの功績ダね!」
「はい」
と軽るい返事をし、更に話を続ける少女時代の年子。
「あの時、鶴ちゃんがドアをノックした事を みんながすぐに気づいて タローや他の生き物達も、会いたい一心で49日の開門前に門から出てはいけないこの世界の掟を破り、鶴ちゃんに会いに行ってしまったのです。私も。だからみんな一瞬で消えてしまって・・・」
49日の開門行事は そこへ訪れた人の数だけ行われ、その数だけ町も存在する。この世界の制度や掟を少しずつ知らされる年子。
「私のために掟を破って、罰はなかったのかい?」
「今日まで町を出てはいけない 謹慎の罰を受けていました。なので花に思いを込めて飾っていたのです。」
「そうだったのかい、悪いことをしたね!
その罰は誰に与えられたのかい?」
「それは...追い追い解ります。」
「そうかい!」
と言うと年子はタローや他の生き物達に目を向け 固く瞼を閉じ深々と頭を下げ陳謝した。
その様子を微笑ましく見ていた少女時代の年子が、
「もう誰も消えないので、一緒に何処へでも行く事ができます。私は決められた期間しか一緒に要られませんが、鶴ちゃんの年齢の数だけ それぞれの年代の鶴ちゃんに会うことができるので安心して下さい。」と続けた。
少女時代の年子は集めた花束を抱え、生き物達の家とは 道路を挟んだ反対側に、一際大きくそびえ立っているドアを開けた。
その入り口は 透明な時空のカーテンのような物で覆われ 陽炎のようにゆらゆら揺れている。ドアの中にはまるで巨大なスクリーンに映し出された映画のような世界が広がっているのを垣間見る事ができる。
少女時代の年子は吸い込まれるように そのドアの中へ入った。次の瞬間さっきまで着ていた桃色のナース服は 途端に白いブラウスと黒いスカートに変わった。
ナース服は"年子全般”の憧れのスタイル!
この世界では思い描いただけで自由に服装を変える事ができる。
少女時代の年子が胸に抱えていた花束は、その手を離れ宙を飛び それぞれに摘まれた時の花壇や野原へと舞い戻り 双方の切り口は元の一本の茎へと再生された。
目の前で起こった手品のような出来事に、年子は思わず身を乗りだしドアの中を覗き込んだ。
見覚えのある町並み、年子の実家『料亭 花村』が在る。
まるでタイムスリップしたかのように、空気や町の匂いまでも総てがあの頃のままだ。
懐かしさのあまり思わず
「私も入っていいかい?」
と言いながら片足を入れんばかりの年子に間髪いれず
「ダメです!」
と慌てて少女時代の年子が戻って来て話を続けた。
「残念ですが このドアを行き来できるのは私だけなのです。
この時代の生者と未来の死者が同時に存在すると歴史が変わってしまい、混乱を起こしかねないからです。」
慌てて足を引っ込めた年子。
「なんだかね~、この世界の掟は難しいよ!」
と言葉を投げた。
「でも、他の表札があるドアには入る事ができます。」
と少女時代の年子が言うと、年子は少し丸めていた背中を逆にのけ反り顎を出し、曲がりくねった道の両側に並ぶドアを眺めた。
そして殆んどのドアに表札が出ていることに気づき、なるほどと言わんばかりにうなずいた。他にも気づいた事がある。
少女時代の年子が出入りしている この巨大なドアにも表札が出ていると言う事だ。"花村年子”と。
このドアは年子自身の人生の扉だということに気づいた。
この町は゛花村年子の町”なのです。
年子の知らない人間は存在しない。
「過去の自分に会う時は、会いたい自分の年齢を思い浮かべながら この巨大な"花村年子”のドアをノックすれば再び会えますが、やはり中へ入ることはできません。」
と少女時代の年子が 年子に伝えた。
「それはわかった! じゃぁ私の居場所はどこなのかい?」
「何も思わず、ノックもせず、このドアを開ければそこが今の鶴ちゃんの居場所になります。」
「そうなのかい・・・」
と張りのない声で、不思議満載のこの世界のルールに少し疲れた年子だった。
その様子に気づいた少女時代の年子が、
「この先に"花村 清"と言うと表札が出ています。」
と言い終わらぬうちに年子が目を輝かせ、
「父さん! 父さんに会えるのかい? 何年ぶりだろう!」
思わぬ名に喜びを抑えきれず歓喜する年子。
「はい!」
と一際大きな声と、満面の笑みを浮かべる少女時代の年子。
そして直ぐ様
「ご案内します!」
と言ったかと思うと 町の中心を通る曲がりくねった道の中央辺りに 進行方向を向き両足を揃えて立った。
するとスーっと音もなく 立ったままの少女時代の年子を滑るように運んで行った。
年子も後に続こうと 同じように両足を揃え道の中央に立った。
動く歩道のように道が動いている訳ではないのに 体だけが滑らかに移動して行く。
かといって強い力で足が固定されている訳でもなく、踏ん張らずとも体は揺れることなく安定している。
なんて不思議で楽しい道なんだろう!とはしゃぐ年子。
少女時代の年子の姿はもう遥か遠く!
あと少しでただの点にしか見えなくなりそうな程離れてしまった。
その遅れに、この先ずっと一本道 迷うこと等ないと慌てずただひたすら立っている年子。
しばらく同じような風景を眺めていたが、一向に到着する様子がない。
勘の鈍い年子でも優に一時間は過ぎていると感じていた。
そして、少女時代の年子の言う“この先”とは いったいどれくらい先の事を言ったのだろう?と一抹の不安を覚える年子。
更に不思議なことに、一本道とは言えここまで来る間、十字路や曲がり角すらなく、風景はただただ色や光の線が様々に変化し
先を争うかのように並走してくる。
なんとも不思議な光景と 長い時間の経過に少しばかり苛立ちを覚える年子だった。