天道花と花飾り
児童館でのウクレレ同好会が思いのほか大盛況で、月3回のレッスンも順調に進んでそろそろ3年目に入る。
子どもたちも辞めることなく通ってきてくれているため、腕もそれなりに上達してきた。
簡単な曲なら軽くこなせるほどだ。
そうするとやはり誰かに聴いてもらいたくなるもので、それぞれ家族や親戚、友人の前などでは弾いてみたりもしている。
同好会としても2年目には個人の発表会の場を設けた。
児童館のいつもの部屋でパイプ椅子を並べただけだったが、子どもたちには充分だったようだ。
今年は全員で1つの曲を演奏してもらおうと翔吾は考えている。
個人での演奏も希望者にはやってもらうが、会場を普段とは違う大きなものにしてやりたい。
大勢の前に出る機会というのは早いうちに慣れておくのが1番なのだ。
「児童館の大きい部屋とか借りれないかな」
ギターの音を確認しながら、翔吾は明果に相談してみた。
明果はハーブティーを飲みながら雑誌のページをめくっている。今日はカモミールのようだ。
最近では夕飯も翔吾の家でとることが多く、その後当たり前のように部屋へ彼女を呼ぶ。
そこでお茶を飲みながら同好会のことを相談したり、今日の事を話したりするのだ。
明果は短大で保育士の資格を取ったが、卒業する前に義姉の琴子が双子を妊娠しているのが分かり、就職を辞めた。
やんちゃな長男の面倒を、年を取った両親が農業の傍ら見るのは無理だと思ったようだ。
無事双子が産まれて成長し、冬夜が小学校に入学して落ち着いた頃、明果は児童館でアルバイトを始めた。
同好会のアイデアも、その立ち上げのために上司や正規の職員らにかけ合って説得してくれたのは明果だ。
子ども達の情操教育にいい、楽器は早いうちからやっておくべきだと力説されたと後で聞かされた。
よく知らない男性1人に任せるのが不安なら、自分が必ず一緒にいて子ども達をサポートするから、と言ってくれたらしい。
そのため、明果はアルバイトの時間外で同好会に関わり、翔吾をフォローしてくれている。
「大丈夫だと思うよ。でもどうせならおっきいとこがいいんじゃない? 前も立見とあと外から覗いてる人とかいたし」
「そうすると市のホールとかか。いくらぐらいするんだろうな。あんまり参加費とかって取りたくないんだよ。できれば近い方がいいし」
「市まで行くとなると車で大移動だしね」
なにしろ3世代どころか4世代まで家族にいたりする。
「どこか近場で広いところがあればなあ」
「考えてみるよ。じゃあみんなで演奏する方向で?」
「うん。希望者は個人演奏もアリで。近くなったら練習室を長めに借りたりしたい」
「それは大丈夫。どんな曲にするとか決めてるの?」
「童謡とかになるかな。もう権利の切れてるヤツ。アレンジして何曲かメドレーでやるつもり」
「みんな弾けるの?」
「弾けるように簡単なアレンジにする」
「そっか、楽しみだね」
そう言って笑った明果を見て、翔吾も微笑んだ。
もしもこの幼馴染がいなかったら、今こんなふうに音楽に関わっていられただろうか。こうして落ち着いて笑っていられただろうか、と思う。
実家に帰ってきて家を継ぐために農業をやりながら、自分自身の軸を失わずに笑っていられただろうか、と。
「コーヒー、おかわりいる?」
言いながら明果がマグカップを受け取ろうと手を伸ばす。
特に喉が渇いているわけではなかったが、翔吾は彼女にカップを手渡しながら「ありがとう」と言った。
秋。
風が気持ちの良い冷たさで吹いていく。
演奏会の会場は児童館でも市のホールでもなく、明果が任されている畑に決まった。
花やハーブを仕事の合間に趣味で育てている場所だが、それなりの広さがあり、歩道が花壇の間に並んでいるため畑というより歩き回れる庭のようになっている。
その歩道に各自が椅子を持ち寄って座る。
気取らない、身内だけの演奏会だからこそできたものだが、秋の空気と畑に咲く花やハーブの香りが辺りに漂い、リラックスした心地良い空間を作り出していた。
最初は子ども達20人での童謡の演奏だ。
秋祭りが近い事もあって、『紅葉』から始まって『村祭』まで。
続いて個人演奏。
冬夜は同好会は続けるものの、これを最後にいよいよ本格的にギターを始めるため気合が入っていた。
最後に講師演奏として、翔吾と東京から遊びに来た翔吾の師匠が2人で映画の主題歌を演奏して無事全ての演目が終了、大成功だった。
そして冬が過ぎ、春、4月8日。
家の軒に天道花が立つ。少し淡みがかったような、それでもすっきりと青い晴れた空に向けて。
母親が甘茶を淹れていると明果がやってきて、経木を器に床の間に灌仏会の花を飾った。
翔吾の祖母が毎年飾っていたのだが、その死後は明果が家の飾りを用意するついでに毎年やってくれていた。
父もやってきて4人で甘茶を飲みながら、菓子をつまむ。
この甘茶も明果が畑で育てていた。
「翔ちゃん、あとでギター聴かせてよ」
「ああ」
明果に笑顔で言われて、翔吾も笑顔で返す。
子どもの頃もそういえば、ここで祖母の淹れた甘茶を飲みながら明果と菓子をつまんでいた。
薄めに入れた甘茶が体に沁みていくのを感じながら、翔吾は床の間の花飾りを見つめる。
赤い椿と緑の葉、ピンクや紫の小花が周囲を飾り美しい。
きっと来年もその次も、ここでこうして花を見ながら甘茶を飲むのだろうと思う。
きっと、こうしてみんなで。
もしかしたら、数を増やしながら。
翔吾は立ち上がると、「行こう」と明果に手を伸ばした。