茅野 焔華②
〇
「あの人?」
「そのはず」
輔久と良空の二人は、図書館で、静かに言葉を交わす。
二人の視線の先には、自習スペースで数学の問題集を開いている、焔華の姿があった。
「へえ。頭よさそう」「いいんでしょ。華江先輩、勉強教わってるらしいし」良空はぶっきらぼうに答える。
「らー、最初の考査くらいは真面目に勉強しなよ。中一の最初の定期テストだって……」
「分かってる分かってる」良空は持っていた文庫本を輔久に押しつけると、席を立った。
「どこ行くの?」
「あの人の元へ」良空はぞんざいに、親指を立て焔華を指し示した。「行ってくる」
「……わあ、行動力」
良空は焔華に近づいていく。図書館内には他にも自習している者がたくさんいるので、なるべく静かな足取りで近づいていく。
良空はどう声をかけるか思案する。『茅野せーんぱいっ』。少しあざとい。『すみません、ちょっといいですか?』。唐突すぎるか。『華江先輩の恋人というのはあなたですね?』。芝居がかり過ぎか?
と、落ちている消しゴムを発見。位置的に、きっと彼女のだ。
これだ、これを拾って会話を始めてやろうと意気揚々歩いていった良空の出鼻を挫く者がいた。
「ほのか、消しゴム落ちてるぜ」
「あっ、まおくん、ありがとー」
「マオッ!?」
突然の事態に、良空は思わず大声を出す。
「あ? おいラスク、図書館では静かにしろよ」
その人物は、良空たち双子の従兄、筒井眞緒である。
その胸元の名札には、『図書委員』の文字があった。
「まおくんの従妹……」
焔華は伏し目がちに、突然現れた少女を観察する。相変わらずの人見知りで、年下でも目と目を合わせられない彼女である。
ラスクと名乗った少女(キラキラネーム?)。ショートカットで、澄んだ真ん丸な黒目が特徴的。少し困惑しているようだったが、困っているのは焔華も同じである。眞緒に消しゴムを拾ってもらったと思ったら、いきなり彼女が現れたのだから……焔華は礼儀として、にこぉと、笑顔を作ってみせる。
少女は、目を見開いたかと思うと、形だけの、歪な笑顔を返してきた……焔華自身もそうでなかったとは言い切れないが。
「ああ、というかほのか、勉強中だったな。おい、ラスク、行くぞ」「え? どこに」「邪魔にならないトコにだよ」そう言って眞緒は良空と共に立ち去る。
二人の仲のよさに、緊張が解け、焔華は少し微笑む。
しかしそんな姿に最近の自分と華江を重ねずにはいられなかった。
〇
「マオ、どういうこと?」
「……どういうこととは」
「あの人の知り合いなの?」良空はずいと眞緒に近寄る。
「知り合いっつーか、家が隣なんだよ。幼馴染、みたいな。あんまり苛めるなよ、人見知りでさ」
「ふーん」彼女は含みがある相槌を打つ。「あの人のコト、気になるかも」
「え? どーいう意味で?」
「深読みしないで」
良空は大袈裟に眞緒から距離を置く。
「マオの幼馴染ってどんな人か、気になっただけ。うちの甲斐性なしと長らくお付き合いして頂いてる人が、どんな人か」
「お付き合いって……」眞緒は頬を掻く。「まあその内な。オレはカウンター当番だから戻るぜ――そういえばタスクは? 独りで来たの?」
「いや、図書室の中に――」
二人が、視線を久し振りに室内に移すと。
今度は輔久が、焔華にコミットしていた。
輔久は仏頂面。対する焔華はおどおどと視線を泳がせる。
「たっくん!」「タスク!」
慌てて割って入る二人。
直後、うるさいという理由で焔華以外の三人は図書室の外につまみ出された。