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華の子  作者: 烏合衆国
第三部 ゴデチア
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49/151

茅野焔華⑦




     ♯




 相談できる訳がない。

 焔華(ホノカ)は髪に手櫛を入れる。

 先程まで降っていた雨は既に止んだが、依然としてどんよりとした空模様だ。星も月も見えない。

 いつもなら自分の部屋の窓を開けるところなのだが、今回は、(シュウ)が話題ということでそう簡単にはいかない。

『蒟蒻事件』では辛い思いをさせてしまった。

 そのことがいまだに禍根として残る。

 習に、言ってしまえばいい。眞緒(マオ)のこと。大事な彼氏のこと。

 しかし──習を傷つけてしまうことになりはしないか。考えると、動けなくなる。相手の想いに気づいていながら、知らない振りをし続け。真実を隠し──ずっとそのまま。

 そう、習って解り易いんだよなあ。

 焔華は少し笑う。

 やはり──眞緒に相談しようかと思い直す。深刻な問題が起こってからでは遅いし。

 何より、隠しごとは苦手だ。

 と、コンコンコン、と窓が鳴る。最近決めた、眞緒との会話の合図だ。焔華は窓の鍵に手を伸ばす──

 ピロリン♪ と着信音が鳴る。

 焔華はびっくりして動きを止める。恐る恐る画面を見る──『景道(カゲミチ)習』。

 ──どちらだ。

 どちらが正解だ。

 窓を開けるか──メッセージを読むか。

 ここが今後を決める別れ道だと思った。

 鍵とスマートフォン両方に手を伸ばす。

 ──どちらだ。



「──まお」

「お、よう。何かあった?」

「ううん」焔華は、電源を切りリュックにしまったスマートフォンのことを忘れようと努める。

「で? 何の用事?」

「や、今度、関西まで行くことになって。実地調査(フィールドワーク)で」眞緒は言う。「その、お土産何がいいかなって」

「え? 何日?」

「……予定では一週間」

 一週間と聞いて気の遠くなる焔華。一週間、眞緒と会えない。修学旅行なんかより、ずっと長い。

「──寂しいんだケド」

「オレもだよ。そんなに長いと思ってなかったんだ、遠出するとはいえ」眞緒は眉を下げる。「がんばろう、お互いに」

「うー」眞緒も寂しそうなのは、嬉しいことなのだが、それで自分の寂しさが消える訳がない。とはいえ、駄々をこねてどうにか鳴ることではないと理解できる年齢なので、「……解った。いってらっしゃい、気をつけてね」と喰い下がる。

「ありがとう。で、お土産何がいい?」

「関西? ──うーん、あ、信楽焼!」

「渋いな……皿?」

「狸!」

 眞緒の頭に、酒瓶を持つすっとぼけた顔の狸が思い浮かぶ。「ああ──オーケイ、探してくる」

「やったあ」焔華は喜ぶ。

 あの表情(カオ)と、眞緒の顔が似ていると思っているコトは、勿論内緒である。




     ♯




「あの子?」

「そうだけど」

 純馨(ジュンカ)良空(ラスク)の二人は、図書館で、静かに言葉を交わす。

 二人の視線の先には、読書スペースで新書を読んでいる、らびの姿があった。

「へえ。可愛いじゃん」「可愛いのは知ってるよ」良空はぶっきらぼうに答える。「純馨、一体何するつもり──」

「行ってくる」

「……わあ、行動力」



 純馨はらびに近づいていく。図書館内には他にも自習している者がたくさんいるので、なるべく静かな足取りで近づいていく。

「こんにちは、相澤(アイザワ)ちゃんだよね? うちは純馨」

 らびは本から顔を上げる。

 ジュンカと名乗った先輩(准可? 順化?)。長い髪を結んで前に垂らしていて、前髪の奥の真ん丸な黒目が特徴的。

「えと、何ですか?」

「あなただよね? 輔久(タスク)の後輩って」

 輔久の名が出て──らびは身構える。

「そ、そうですけど。あ、あなたは……」

「うち? うちは輔久のカノジ──」

「黙れ」良空が後ろから純馨の口を塞ぐ。

「ら、良空センパイ!?」

「らびちゃん、こいつのことは気にしなくていいよ、全く。今すぐ忘れてしまっていいくらい」

「そ、そんなにですか……?」

 らびは展開についていけず、二人の顔を交互に見る。

「良空ー、いきなり抱きついてきて。可愛いなあ」純馨が不敵に笑むと、良空は急いで離れ、らびの前に立つ。

「何さ。うちは善人。うちは善人だから正しいことをする。うちは正しいことをするってことは……うちは善人だって思わない?」

「循環論法だよ、ジュンカちゃん?」

 良空が考え始める前に──胸元に『図書委員』の名札をつけた(タエ)が遮る。

「讃ちゃん──」

「二人共。もう少し静かに頼むね?」にっこり、と。

「ごめんなさい。純馨、行くよ」「え? どこに」「邪魔にならないトコにだよ」そう言って良空は純馨と共に立ち去る。

 らびがオドオドしているのを見て、讃は優しく声を掛ける。「ごゆっくり」




     ♯




「ホント止めてよね……」良空は髪をかき上げる。「そもそも、どこから情報を得たんだか……」

「? 実華菜(ミハルナ)先輩だけど?」

「は?」

「は? じゃなくて」純馨は、何を驚いているのか、という風に片眉を上げる。「課題研究、去年あの人がやってたテーマを引き継いだんだよ。それで、相談とか、いろいろさ」

「え? ……マジな奴?」

「大マジなんだけど。先輩、他の学年でもいろいろ手伝ってるらしいし。優秀だよねー」

「マジなんだ……」良空は呻く。「真面目さと小三くらいで絶交してそうな人なのに」

「実華菜先輩、自慢げに言うんだよ。『私が勧誘した輔久くんが可愛い子を入部させたらしいんだ! マルチ商法だねっ!』」

「いや鼠講(マルチ)商法ではない」良空は律儀にツッコむ。「あと注意してほしいんだけど、あの人が誘った訳でもない」

「言葉の綾でしょ。とにかく。うちは正しい。実華菜先輩も正しい。正しさは人を幸せにし、人を幸せにできるうちは正しい。ゆえにうちは輔久を幸せに──」

循環論法(ヘリクツ)どころじゃない」良空は低い声で言う。「いいから、輔久に、迷惑をかけないで。らびちゃんにも。相手になら、私がなる」

「じゃあ勝負する?」

「なにで?」

「次の体育の時間、バドミントンで」

 出来レースじゃん。良空は笑う。


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