茅野焔華⑦
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相談できる訳がない。
焔華は髪に手櫛を入れる。
先程まで降っていた雨は既に止んだが、依然としてどんよりとした空模様だ。星も月も見えない。
いつもなら自分の部屋の窓を開けるところなのだが、今回は、習が話題ということでそう簡単にはいかない。
『蒟蒻事件』では辛い思いをさせてしまった。
そのことがいまだに禍根として残る。
習に、言ってしまえばいい。眞緒のこと。大事な彼氏のこと。
しかし──習を傷つけてしまうことになりはしないか。考えると、動けなくなる。相手の想いに気づいていながら、知らない振りをし続け。真実を隠し──ずっとそのまま。
そう、習って解り易いんだよなあ。
焔華は少し笑う。
やはり──眞緒に相談しようかと思い直す。深刻な問題が起こってからでは遅いし。
何より、隠しごとは苦手だ。
と、コンコンコン、と窓が鳴る。最近決めた、眞緒との会話の合図だ。焔華は窓の鍵に手を伸ばす──
ピロリン♪ と着信音が鳴る。
焔華はびっくりして動きを止める。恐る恐る画面を見る──『景道習』。
──どちらだ。
どちらが正解だ。
窓を開けるか──メッセージを読むか。
ここが今後を決める別れ道だと思った。
鍵とスマートフォン両方に手を伸ばす。
──どちらだ。
「──まお」
「お、よう。何かあった?」
「ううん」焔華は、電源を切りリュックにしまったスマートフォンのことを忘れようと努める。
「で? 何の用事?」
「や、今度、関西まで行くことになって。実地調査で」眞緒は言う。「その、お土産何がいいかなって」
「え? 何日?」
「……予定では一週間」
一週間と聞いて気の遠くなる焔華。一週間、眞緒と会えない。修学旅行なんかより、ずっと長い。
「──寂しいんだケド」
「オレもだよ。そんなに長いと思ってなかったんだ、遠出するとはいえ」眞緒は眉を下げる。「がんばろう、お互いに」
「うー」眞緒も寂しそうなのは、嬉しいことなのだが、それで自分の寂しさが消える訳がない。とはいえ、駄々をこねてどうにか鳴ることではないと理解できる年齢なので、「……解った。いってらっしゃい、気をつけてね」と喰い下がる。
「ありがとう。で、お土産何がいい?」
「関西? ──うーん、あ、信楽焼!」
「渋いな……皿?」
「狸!」
眞緒の頭に、酒瓶を持つすっとぼけた顔の狸が思い浮かぶ。「ああ──オーケイ、探してくる」
「やったあ」焔華は喜ぶ。
あの表情と、眞緒の顔が似ていると思っているコトは、勿論内緒である。
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「あの子?」
「そうだけど」
純馨と良空の二人は、図書館で、静かに言葉を交わす。
二人の視線の先には、読書スペースで新書を読んでいる、らびの姿があった。
「へえ。可愛いじゃん」「可愛いのは知ってるよ」良空はぶっきらぼうに答える。「純馨、一体何するつもり──」
「行ってくる」
「……わあ、行動力」
純馨はらびに近づいていく。図書館内には他にも自習している者がたくさんいるので、なるべく静かな足取りで近づいていく。
「こんにちは、相澤ちゃんだよね? うちは純馨」
らびは本から顔を上げる。
ジュンカと名乗った先輩(准可? 順化?)。長い髪を結んで前に垂らしていて、前髪の奥の真ん丸な黒目が特徴的。
「えと、何ですか?」
「あなただよね? 輔久の後輩って」
輔久の名が出て──らびは身構える。
「そ、そうですけど。あ、あなたは……」
「うち? うちは輔久のカノジ──」
「黙れ」良空が後ろから純馨の口を塞ぐ。
「ら、良空センパイ!?」
「らびちゃん、こいつのことは気にしなくていいよ、全く。今すぐ忘れてしまっていいくらい」
「そ、そんなにですか……?」
らびは展開についていけず、二人の顔を交互に見る。
「良空ー、いきなり抱きついてきて。可愛いなあ」純馨が不敵に笑むと、良空は急いで離れ、らびの前に立つ。
「何さ。うちは善人。うちは善人だから正しいことをする。うちは正しいことをするってことは……うちは善人だって思わない?」
「循環論法だよ、ジュンカちゃん?」
良空が考え始める前に──胸元に『図書委員』の名札をつけた讃が遮る。
「讃ちゃん──」
「二人共。もう少し静かに頼むね?」にっこり、と。
「ごめんなさい。純馨、行くよ」「え? どこに」「邪魔にならないトコにだよ」そう言って良空は純馨と共に立ち去る。
らびがオドオドしているのを見て、讃は優しく声を掛ける。「ごゆっくり」
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「ホント止めてよね……」良空は髪をかき上げる。「そもそも、どこから情報を得たんだか……」
「? 実華菜先輩だけど?」
「は?」
「は? じゃなくて」純馨は、何を驚いているのか、という風に片眉を上げる。「課題研究、去年あの人がやってたテーマを引き継いだんだよ。それで、相談とか、いろいろさ」
「え? ……マジな奴?」
「大マジなんだけど。先輩、他の学年でもいろいろ手伝ってるらしいし。優秀だよねー」
「マジなんだ……」良空は呻く。「真面目さと小三くらいで絶交してそうな人なのに」
「実華菜先輩、自慢げに言うんだよ。『私が勧誘した輔久くんが可愛い子を入部させたらしいんだ! マルチ商法だねっ!』」
「いや鼠講商法ではない」良空は律儀にツッコむ。「あと注意してほしいんだけど、あの人が誘った訳でもない」
「言葉の綾でしょ。とにかく。うちは正しい。実華菜先輩も正しい。正しさは人を幸せにし、人を幸せにできるうちは正しい。ゆえにうちは輔久を幸せに──」
「循環論法どころじゃない」良空は低い声で言う。「いいから、輔久に、迷惑をかけないで。らびちゃんにも。相手になら、私がなる」
「じゃあ勝負する?」
「なにで?」
「次の体育の時間、バドミントンで」
出来レースじゃん。良空は笑う。




