保科 良空
〇
「先輩、お疲れさまです」
「保科。おう」
陸上部は今日の活動を終え解散していた。相変わらず校庭に独り残っていた遥樹のところへ、既に着替えを済ませた良空が足を運ぶ。
「何してたんですか?」良空は、遥樹の腰掛けていた台に、持っていた手提げ鞄を置いて、そう尋ねる。
「ちょっと考えごとを」
「高総体のことですか」
「……うん」
二人が所属する陸上部、それの参加する高総体が、今週末にあるのだ。共通認識とはいえ、言い当てられて遥樹は少し驚く。
「あれ、でも推薦はもう大丈夫なんじゃないんですか?」
「推薦とか、そういう話じゃなくて──自分は、いつまで陸上を続けるのかと思って」
「あー……へえ、先輩も、そういうこと考えるんですね」
「俺のこと何だと思ってるんだ」彼は苦笑する。「いいだろ……たまには、真面目な俺でも。じゃあ、保科はどうなんだよ、陸上」
良空は少し考えるように腕を組む。「うーん、どうだろう。たっくん──輔久次第かな」
「タスクか――膝、早く治るといいな」
「それは本人に言ってあげてください」
と、そこへ。
「らー。……遥樹先輩、ども」
「お兄ちゃん、また着替えずにダラダラして。やっほー良空ちゃん」
噂をすれば、というやつで。
輔久が華江と共に二人の元へやって来た。
「たっくん」
「はな。珍しい組み合わせだな」
「そう?」華江は首を傾げる。「お兄ちゃんよりか、そう珍しくないと思うけど」
「何だと、タスク、俺の方が仲いいよな」
「いや、あたしだって」
「タスク」
「輔久くん」
板挟みになる輔久を、
「よーしたっくん帰ろ。お疲れさまです二人共。というか早く着替えて下さい」
鞄を持った良空がぐいぐいと」校門の方へ押していく。押されながら、輔久はなんとか「さ、よなら」と言う。
遥樹と華江は去っていく二人に手を振った。
○
「あ、ありがとう」
駅まで並んで歩く二人。つんとして早歩きの良空に遅れないようついていきながら、輔久は言う。すると良空はぴたりと止まり、じとっと輔久を見た。
「ありがとう、なんだ。言うことは」
「えっと」
「いや別に、たっくんの人間関係が上手くいってようが、華江先輩とまでかなり仲がよろしかろうが、私は気になんないけど」
「えっと、ごめん」輔久は頭を掻く。「華江先輩には、偶然会ったんだよ。化学部の先輩の話で盛り上がっちゃって」
「ふーん」
良空は更に歩みを早める。輔久はその後は、それに喰いつくだけで精一杯だった。
駅に着き、改札を通り、電車に乗り、降りて再び改札を通る。夏至に向けて昼が長くなってきているとはいえ時刻は十九時を回っており、街灯が二人を照らす。
「私も」
良空が口を開く。
「ん?」
「私も、もっと仲よくなりたい」
輔久は、双子の片割れに応える。
「僕も――そう思ってたところ」
そう言って空を仰いだ。
街の光と競って、星たちがきらきらと輝いている。
一方で、雲は見えないが、雨の匂いが、鼻を擽る。
梅雨がもう迫っている。