保科良空⑤
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全体での昼休みが終わって、さてクラス対抗リレーである。二年生→一年生→三年生の順番で行われるため、まだ時間に余裕はあるが、皆、部活動やら何やらで関わりのある先輩方の勇姿を見にいったようで、水筒を取りに来たのだが教室には鍵がかかっていた。
いや、防犯意識がしっかりしているのは素晴らしいことだが。
しょうがないからこのまま下に行こうと踵を返すと、ちょうど階段を上がってきた、クラスメイトの卜庭と出会う。
「あ、輔久君。良空見なかった?」
「や? 見てないけど……」我が片割れは、また他人に迷惑をかけているらしい。「何かあった?」
「いや、一緒に陸上部の先輩応援したかっただけなんだけどね」卜庭は肩を竦める。それと連動して、彼女のトレードマークであるポニーテイルが揺れた。よく見れば、ハチマキをリボン代わりにしているようだ。お洒落な使用法。
僕なんか、競技に出ないからといって二の腕に巻いているだけである。
「まあ、その内見つかるだろ。そういうのは逃さないだろうし」
「それはそう。うん、校庭行くか」彼女は僕を見る。「ん、輔久君も行くよね?」
「ああ、行くよ」僕は水筒を完全に諦める。いや、諦める前に、だ。
「──良空も、教室に何か忘れたのかも知れないな」
「ふうん?」卜庭は階段に向かっていた足を止め、振り向く。
「僕も今水筒取りに来たんだけど、閉まってて。僕と行き違ったかも」
「鍵ならその良空が持ってるんじゃない?」
彼女は首を傾げた。
衝撃の事実。
「ん……そうなの?」
「そのはず。いや、違ったらゴメンだけどさ」
「まあ……下に行くことには変わりないな。水筒はもう諦めたし」
卜庭は頷く。「うん、まずは下だね。ちょっと急ごっか、もう始まる」
「おう」。
僕たちは階段を降りる。
「化学部って二年生何人?」卜庭が靴を履きながら訊いてくる。僕は黙って人差し指を立てた。
彼女は目を丸くして、僕の真似をし人差し指を立てる。「……確かに、悪いけど化学部って印象薄いや。三年は?」
「二人いた」僕はもう片方の手でピースを作る。
「陸上部なんか、吹部の次くらいに人多いから大変だよ。まあ、一長一短だろうけど」卜庭がそう言ったところで、パン、と乾いた音が聞こえた。「──あ、始まった?」
「始まったな」
僕たちは校庭へ向かう。
良空は結局まだ見つかっていない。
§
尾華先輩がバトンを渡す瞬間に転びかけて、投げてバトンパスをしたのがセーフかアウトか、という話し合いが現在為されていて、アウトだったらやり直しになるみたいなことを耳にしたが、それはないだろう、流石に。
それにしても問題児である。
「あ、輔久くん、見てたよねさっきの」鈴先輩が通りかかってそう話しかけてきた。一緒に歩いていた先輩方は、多分生物部だ。
「見てましたよ……相変わらずというか、何というか」
「そこが実華菜の悪いところであり、直すべきところなんだよね」どうやら褒める気はなさそうである。「輔久くんは──ああ、失礼、出ないのか」
「いや、大丈夫っす。──部対抗リレーだけすよ、今日の運動」
「ふ、じゃあがんばって歩こうな」鈴先輩はそう言い残し、手を振って去っていく。僕は会釈で返す。
そう、バレーボール、バスケットボール、リレーと三つの競技があるが、僕はそのいずれにも出場しない──勿論、脚の怪我の所為だ。
体育の授業には、激しく動かないことを条件に参加しているが、勝ち負けを決める試合となると、流石に動けない奴がいたら足を引っ張るだけである。
部活動対抗リレーが、クラス対抗リレーの後に開催されるが、こちらは勝敗が関係なく(一応ゴールした順位はあるが)、むしろ演技点にウエートが置かれている。どの部活が、リレー中、最も面白かったか(バトン・衣装・パフォーマンスその他おおよそ自由)を終了後に投票で決めるのだ。
歩いてもいいということで、出場人数ギリギリな化学部のために参加することになった。
何をするかは、乞うご期待。
一年生のリレーが始まる。
結局良空は見つからなかった──まあ、集合場所に行けばいるだろうが。
「──輔久君、良空は?」
集合場所で、再び卜庭に会う──その口振りは。
「まさか、まだ来てない?」
彼女は頷く。「始まったらもう飛び入りはできないから、今すぐ探さなきゃ」
僕は──考えるより前に、動く。
「輔久君?」
僕はグラウンドの真ん中に向かって歩く。
できるだけ目立つように。
注目が集まるのが解る──当たり前だ、今は競技と競技の間。本当ならまずい行動。
『──競技前のグラウンドに進入しないで下さい──』
放送で注意されてしまった──しかし僥倖。
「──輔久!」
良空は、しっかり見つかった。
僕の水筒を握り締めた状態で。




