茅野 焔華
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県立華園高等学校は、県下で最もレベルの高い高校だ。入学する生徒は皆、夢と希望、慢心と自尊心、そして個性を持っている。いろいろな者がいる中、二年E組の教室では、華江と焔華が昼食の弁当と問題集を囲んでいる。
「これは憶えた方がいい公式だよ」
「うん、確かに便利」卵焼きを頬張りながら華江は言う。二人は理系選択だが、彼女は数学が少し苦手で、こうして数学が得意な焔華に教わっているのだ。「あっ、これ先週の模試の大問3なのか」華江はファイルを漁り、目当てのものを探し当て机の上に出す。
「そ、その記憶力を勉強に生かせたらいいよね」
焔華は優しく提言する。華江はピックに刺さったミニトマトを持ち上げて、
「そう、そうなんだよね」
と返す。
「水泳みたいに、体で憶えられたらいいのに」
「体の部分とか場所とかに配置する記憶法ならあるけど……」
「え、何それ!」
「場所法っていう――あ、話ズレてる」焔華はハッとする。「便利だから、使えるようにした方がいいよ」
「丸暗記はダメ。導けるようにしなきゃ」
「ご高説ごもっともだからそうしようね」
二人は笑い合い。
「ほのちゃん、食べ終わったら図書室行かない? 探してる本があって」
「数学は?」
「数学は、授業の時に」
飽きたのだと、焔華は察する。「うん。いいよ」と言い、おにぎりの最後の一口を咀嚼する。飲み込むと、小さな弁当箱を華柄の布に包む。「行こっか」
二人は立ち上がる。
華江が自然に差し出した手を、焔華は自然に握った。
○
「鹿山先輩って、マオから見てどんな人?」
良空は眞緒に尋ねた。
彼と双子は、従兄弟妹の関係にある。家はそう離れておらず、休日に互いの家に遊びに行く程度には仲がいい。
「どんな人って」
眞緒は困惑する。彼女が何を意図してその質問をしているのか。鹿山とは、彼の友人、陸上部部長、鹿山遥樹のことであろう。良空が陸上部に入ったのは知っているが、仲よくなろうとでもしているのか――
「まさか、遥樹のコトが――」
「え? 私は違うよ」眞緒が半ば核心を持って言ったことを、良空は笑顔で否定する。「マオ、先輩と仲いいんでしょ? 強いて言うなら興味」
「興味か……」彼は天井を仰ぐ。「まあ性格がいいよな、まず。あと身長が高い」
「マオ低身長だもんね」
「低身長はタスクだろ」
「僕はこれから伸びる」突然の飛び火に、事実従兄より5㎝程背が低い輔久は返す。「あ、僕も訊きたいんだけど、華江先輩って、マオから見てどんな人?」
「鹿山妹?」意外な名が出てきて、眞緒は首を傾げる。確かに彼は、友人の妹ということで、彼女と仲がいい。「まさか、鹿山妹のコトが――」
「いや、マオ、先輩と仲いいんでしょ。どういう話するのかとか、気になって」
「んー、遥樹もだけど、なんかあの兄妹とは気が合うんだよな。波長が合うというか」
「?」
「?」
双子は頭上に疑問符を浮かべた。
「分かんない? いるだろ、そーいう奴」
「分かんないとは言わないけど」「感覚派」
「音楽やってるからな」眞緒は適当な言い訳をする。