茅野 焔華③
〇
「──ほの、か──おう、タスク」
しばらくして、眞緒が見舞いに来た。輔久は遥樹が去った後の病室で、ここで起きたことの推理をしていた。
「マオ」
「あれ、ほのか、目ェ覚ましたって……また寝た?」
輔久は頷く。
「そっか、まあいいや。お見舞いの品は、この机に置けばいいよな?」眞緒は息を切らしながら、努めて明るくそう言って、輔久の隣に椅子を持ってきて座った。
気まずい沈黙。
「……僕、もう帰るから。らーって下にいた?」輔久がそう言って立ち上がる。
「ん? んー、いなかったと思うけど」
「そっか。それじゃあ」
輔久は、病室を出ていった。
部屋には、眠っている焔華と、座っている眞緒。
「──すげえな、ほのか」眞緒は口を開く。「今までのほのかだったら考えられないよ……人を助けるなんて。別に馬鹿にしてる訳じゃないんだぜ、分かってると思うけど。でもやっぱり──変わったんだな。変われたんだな」彼は天井を仰いだ。「他人に興味がないというか、他人と距離を置きたがるというか。それが変わったのは鹿山妹のお蔭なのか、ラスクが何かしたのか──それは知らないけど、確かに、ほのかは──」
「──まお、くん?」
ぽそり、と声が聞こえた。
「──ほのかッ!」ばっと眞緒は顔を戻す。ベッドの上の焔華は、目を開いていた。「──おはよう」
「違うの、まおくん、違うんだよ」
焔華は、伏し目でそう言って、震える手で眞緒の服の袖を掴む。「そんなつもりじゃ、なかったんだよ。わたしは、わたしはただッ……」
「? いや、ほのかは間違ってないよ、ラスクは助かった訳だし」眞緒は、てっきりそれが良空のことだと思って、不思議そうに首を傾げる。
しかし、「違う違う違う。体が勝手に……どうしようまおくん、わたし、えっちゃんに」と、焔華は更に袖を掴む手を強める。
眞緒は、その様子からようやく齟齬に気がついた。「──ほのか。何があった?」
焔華は、潤んだ目で眞緒を見上げた。
そして、焔華が目覚めてからの全てが話される。
「ああああぁあ、うううぃうぁあ」焔華は泣きじゃくる。「だからぁ……皆、優しくて。知り合う人、皆が――わたしは幸せで。絆されて。分からなくなって。……この間、えっちゃんのお兄さんに、相談に乗ってもらって。それで……うううぇあああええい、ああぁえぃうう」
「難しい問題だよ」眞緒はそう言って、焔華の頭をぽんぽんと叩く。優しくしてくれた相手に好意を抱く。こと人見知りの焔華の場合、その傾向が強いのかも知れない。「ほのかは悪くない。きっと誰も……だから、そんなに泣くなって」
「でもぉお」焔華は布団を握り締めた。「特別だと思ってたえっちゃんの他にも特別はいて。それを全部、自分のせいで失って……また、昔みたいにぃ、独りになって、えっ、ええ」
「独りじゃねえよ」眞緒は、力強い口調で言う。
「──まお、」
「鹿山妹は駄目かも知れない。遥樹も、難しい。だったら……俺がいるよ。俺は、今までいなくなったことあったか?」
焔華はふるふると首を振る。「……ない」
「俺は、今まで裏切ったことあったか?」
焔華はふるふると首を振る。「……ない」
「俺は、今まで」眞緒は、焔華の髪の毛をくしゃっとやり。「ほのかのこと、嫌いになったことあったか?」
焔華はぶるぶると首を振る。「……ない、ないよう。まおくんはいつでも、わたしの味方でいてくれたもん~」焔華は、眞緒に縋るようにその手を握る。
「だから、大丈夫だよ。俺がいる」眞緒は、そんな焔華を支える。今、彼女に優しくすること。彼女の隣にいること。それが自分の使命だと確信した。「一緒に、がんばっていこうぜ」




