序章
○
「遥樹、食堂行こーぜ」
昼休み。眞緒はC組の教室のドアからひょこっと顔を出し、友人の名を呼ぶ。
「おう」
気づいた遥樹は、机の上の筆入れを机の中に、教科書を鞄の中に片づけて立ち上がった。学ランの上着を掴んで眞緒の元へ向かう。「よし、行こ――ああ、そうだ、俺職員室行かなきゃ」
「ん、そうなの? じゃあオレもついてく」
「なんで」
「オレも部活関係。活動スペースの融通を、さ」
なら行くか、と二人は歩き出す。遥樹は上着のボタンを上から順に留めていった。
「あ、聴いた? 昨日発表の」
「聴いた。超よかった」
○
「ほのちゃん、帰ろ」
放課後。家や図書室で勉強する者、部活動に励む者、教師と面談する者などさまざまいる中、華江は焔華の元にやって来る。
「あ! うん」
焔華は進学祝いにもらったお気に入りの黒いリュックを背負い、彼女の待つドアまで行く。今日は二人共、部活の定休日なのだ。
階段を降り、靴を履き替え、校門を出る。二人は自然と、手を絡め合わせた。
「合唱コンクールの歌、決まった?」華江は尋ねた。
「まだ。指揮者が決まらなくて」
「ほのちゃんは指揮できないの」
「わたしは、その、できないというか」焔華は立ち止まって、つっかえながら言う。「目立つのは、あんまり」
「うん、ほのちゃん歌、上手だもんね」華江は焔華の顔を覗き込む。「あたし、ほのちゃんの歌声好き。……もちろん、それだけじゃ、ないよ?」
「え、えっと」
顔を紅潮させる焔華。華江は優しく笑んだ。
「行こっか」
「……うん」
○
「たっくん、鹿山先輩のコト、好きなんでしょ」
夕食後。父親の長風呂を待っていた良空は、輔久の部屋に来ていた。椅子でくるくる回る姿には幼さが漂うが、その声は至って真面目である。
「…………」
彼は何も言わず、ベッドに寝転びながら目だけを双子のきょうだいに向ける。
「笑わないでよ。私も――好き、なんだよね」
「笑わないよ」輔久は起き上がる。「らーこそ、僕のこと笑えよ」
「……何かするつもりなの? 運動できなくても、マネージャーとか」
良空は彼の言葉には応えずに、そう訊いた。
「突っ立ってるだけっていうのはな」輔久は痛めている右膝を少し揉む。「らーはいいよな、同じ部活で」
「え?」
「え?」
その言葉に。二人は、それまでの会話の齟齬に気づく。
「僕は――」
「私は――」
「鹿山――」
「鹿山――」
「――遥樹先輩が」
「――華江先輩が」
輔久はベッドから降りる。代わりに、良空が枕に飛び込んだ。
「……驚いたあ」
「僕の台詞だよ」