第二四話 駆逐艦ヴォート
こっちが先の方がいいかなぁと思ったので
ユニマ防衛戦はできたらまた明日投稿します
12月25日・ルグドラクール共和国・ガラクス海軍基地
「緊急出港よぉーい!」
その日、ガラクス海軍基地では水兵たちが慌ただしく動き回っていた。発端はキャンプ・ユニマからの緊急の連絡であった。
それによればユニマ市に展開する同基地が、武装した民兵らしきものから攻撃されている、というものだった。これがもし組織的な攻撃だとしたら、このガラクス海軍基地が攻撃される可能性も十分ありうる。その為に注意せよ──とのことだった。
だから基地の警備の兵士がそこら中を駆け巡り、停泊していた艦艇は出港し、沖合に待避しようとしていた。
『ベランガ! 貴艦はまだ出港するな! ヴォートを優先させろ!』
無線も混乱を物語る。
この日、ガラクス海軍基地には三隻の大型艦船が港に停泊していた。
DE-231『オーグマ』、DE-234『ベランガ』そしてDD-107『ヴォート』である。
海軍の艦艇は、その艦首記号によってその種類を判断できる。例えばこの場合『DE』は近海護衛用駆逐艦を意味する。そして『DD』は汎用駆逐艦──つまり現代海軍における実質的な主力艦艇を意味する。この場合において主力艦艇である『ヴォート』を優先して退避させることは当然と言えた。
「忙しいな」
駆逐艦ヴォートの艦橋で艦長はボヤく。
「ハルシオンとの合流が早くなりそうだ」
ハルシオンというのはザナ海軍の最新鋭空母である。ヴォートはその空母の艦隊に加わるため、本来であれば明日出港する予定だった。
「しかし、連中は何故このタイミングでユニマを攻撃したのでしょう?」
「この前のヘリの件といい、もしかしたら何かが動いてるのかもしれんな」
「何か……? 奴らに得になるようなことがですか?」
「撃墜されたヘリは、我々海軍の目を掻い潜り、第三国から密輸入された何らかの兵器を追っていたという話だ。そのモノによっては、奴らは無敵になる。例えば──核」
ちょっとした暇つぶし程度に艦長に話しかけた部下は、その言葉に苦笑いした。
「やめてくださいよ。そんなことありえません」
「そうかね? 核と弾道ミサイル。これらの二つを持ってさえいれば、どんな小国であっても世の列強国と渡り合える。世界のどの国も核の威力と脅威を知っているからだ。特に我が国は。つまり、敵が核を持ってしまった時点で、我々は宣戦布告の権利を奪われてしまうのだよ」
「でも、おかしいですよ。誰が奴らなんかにそんな兵器を渡すというんですか?」
「人民共和国あたりだろう。我らがザナの西方にあり、我らと敵対する国家。もしもルグドラクールに核兵器が持ち込まれれば、我々は西と東、両面の核兵器を持った国々と対峙しなければならなくなる。今、軍部は対人民共和国の為、戦力を南西へ集中させているが、東に核保有戦力が湧いたとなればそれも難しくなるだろう。それなりの戦力を東に貼り付けなければならないからだ。そうなれば南西の兵力は自ずと減る。人民共和国が本当に戦争をする気かは知らんが、それをタネに恫喝はできる。威嚇に弱いからね。我が国は」
出港したヴォートは動き出し、基地は後方へ消えていく。
航路に入ると多数の船舶とすれ違う。このルグドラクールではまだ交通ルールは浸透しきっていない。そのためザナ本国では有り得ないような動きをする船もある。船乗りからすれば、なかなかにカオスな海だった。
「艦長、本艦右舷前方より接近しつつある船舶を発見」
わかった、と艦長は頷く。いつものことだった。だから彼はいつも通りに命令を下した。
「LRAD用意」
『LRAD用意、よし』
「LRAD照射」
LRADとは長距離音響発生装置のことである。通常のスピーカーが空間に広がるようにして音を広げるのに対し、LRADは音のビームを出すことにより、より遠くの対象にピンポイントに音を届けることができる。
この装置の特徴は相手を傷つけないという選択肢も可能な兵器だということだ。もちろん、出力を上げれば相手の聴覚に異常を与えることができるものの、下げれば普通のスピーカーとそこまで変わるものでもない。年がら年中戦争をしている訳では無い軍隊からすれば、これは非常に都合のいいものだった。
『接近中の船舶に告ぐ。こちらはザナ共和国国防海軍所属、駆逐艦『ヴォート』である。貴船は我が艦に対して接近している。直ちに反転せよ。繰り返す。こちらは──』
艦上に設置された円形のLRADから警告音声が流れる。それは予め録音していたものだった。いつもならこれで相手は去っていく。軍艦に警告されてろくな事などないからだ。
しかし艦長はすぐに異変に気がついた。しかし急激に上がった心拍数が、言葉を口から出すのを邪魔した。
「──艦長! 不明船尚も接近します!」
「警告を続けろ! 武器使用を匂わせても構わん!」
怒鳴る艦長はそのまま指令を飛ばす。
「不明船の詳細を伝えよ!」
「接近するのはおよそ20メートル程度の漁船──と思われます! 甲板に一名の漁師らしき獣人を確認!」
「異常な点はないか?」
「──確認できません!」
必死な見張り員の報告を聞きながら、艦長は唸った。備えなければならなかった。
「対水上戦闘、用意……!」
「は……?」
艦長の言葉に部下は信じられないというような気持ちで聞き返す。もしかしたら本当に聞き間違いだと思ったのかもしれない。
「対水上戦闘用意だ! 対水上戦闘用意! 主砲、CIWS、機関銃は直ちに目標に照準を合わせっ! 但し撃ってはならん。厳命だ!」
「対水上戦闘用意! 繰り返す、対水上戦闘用意! 主砲、CIWS、機関銃、目標に照準合わせて撃ち方待て!」
部下の言葉が艦内放送で流れる。そして金槌でベルを叩くような甲高い音が連続して響き渡り、兵士たちが艦内を走り回る。
『警告する! こちらはザナ共和国国防海軍所属、駆逐艦ヴォート! 貴船は本艦に接近している! 本艦に対する接近は攻撃の意志ありと判断する! 直ちに転舵し進路を変更せよ!』
今度は録音音声ではなく生身の人間の声。やや上ずっているのは緊張か、武者震いか。
ここで疑問がある。もしこのまま漁船が突っ込んできた場合、果たして軍艦は発砲できるだろうか?
もちろんこれは、国やその艦の艦長の判断によって異なることだろう。しかし、警告をしたとは言え、武装の類いが見えない漁船をザナ国防海軍の軍艦は発砲できるだろうか?
『最終警告である! 転舵せよ! 転舵せぬ場合は武力を以て貴船を排除する!』
『──ガガッ。すまない。そちらに接近中の漁船だ。本船は舵が壊れ制御できない。それとこの音をどうにかしてくれ!』
「進路をこっちに修正してんのによく言う!」
艦橋で誰かが怒鳴る。
衝突を回避すべくヴォートは舵をきっていた。にも関わらず漁船はこちらにぶつかる方向に進み続けている。つまり、奴らは嘘をついている。しかし、彼らはそれを舵の故障のせいだと主張している。おそらく嘘であると推測されるが、絶対ではない。もし本当に故障なのだとしたら、海軍が非武装無抵抗の民間人を殺害することになる。
「LRADをハイモードに!」
指示を飛ばすと、LRADから発せられる音が人の声からつんざく様な警告音に変わる。それでも漁船は止まらない。
「なぜ止まらん!」
今彼らは酷い二日酔いのような状態のはずだった。LRADは確かに非殺傷兵器である。だがそれでも各国で民衆を蹴散らすために使われているのはそれなりの効果があるためであり、それなりの効果があるということは、使われた側はそこそこ酷い状態になるということを意味している。彼らは今、鼓膜をハンマーで叩かれるような地獄の中にいるはずだった。
だが彼らは止まらない。
「艦長、射撃許可を!」
「ならん! 攻撃を受けた瞬間まで武器使用は禁ずる。それがルールだ」
「ルールに殺される気ですか?! 向こうは明らかに進路を修正してるんですよ。梶が壊れたなんて嘘っぱちだってわかるじゃないですか! 嘘つきの卑怯者相手にルールを守って何の意味があるんですか!」
「我々は軍人なのだ!」
ピシャリと言い放たれた言葉に艦橋は一瞬、妙な沈黙に包まれた。まるで時が止まったようだった。
艦長に反抗した士官は唇を震わせながらも、次の言葉は出てこないようだった。
「接触します!」
誰かの言葉。次の瞬間、ヴォートに肉薄した漁船は爆発した。
後の調査によれば、爆発は魚倉に積載されたTNT火薬によるものだったという。
この攻撃により、兵員25名が死亡した。駆逐艦『ヴォート』には右舷に大きな破孔が生じることとなり、迅速なダメージコントロールの甲斐もあり、轟沈は防ぐことに成功したが、空母『ハルシオン』の艦隊への合流は不可能となった。
敵の正体については、王党派の仕業ではないかと疑う声が軍部から出たものの、直後にルグドラクール愛国戦線が犯行声明を出したことで、その説は潰えた。
尚、この件がザナ国民に与えた影響は海軍への同情に留まらず、ルグドラクール、ひいては獣人に対する憎悪と憎しみを育むこととなった。
ちなみに艦番号はモチーフの自衛隊艦艇です




