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八話 気をつけろよ

 モールでテロにあった翌日。

 エイジは任務前の貴重な時間をどう過ごすか決めていた。

 ワシントンから空港までタクシーを使う。自動運転に身を任せ、朝方から饒舌なラジオのパーソナリティの舌を味わうこと数十分。

 重めの瞼がようやく軽くなってきたころタクシーは空港に着いた。

 さらに飛行機に乗って移動すること三時間。旧オーストラリアのシドニー空港にエイジは降り立った。

 そこからさらにタクシーを使って一時間。

 エイジの目の前には巨大なマンションがそびえたっていた。敷地面積は二十五万平方メートル。地上七十階、地下十階のフロアを持つ巨大集合住宅の名に恥じない規模を誇っている。


「相変わらずでかいマンションだ」


 そう呟いてエイジは自動ドアをくぐり、よく知っている部屋番号をパネルに入力する。インターホンに繋がったはずだが特に返事はなく、代わりに機械的な電子音とともにドアのロックが解除された。

 フロントを抜け、エレベーターに入り、「22」と書かれたボタンを押して待つこと数秒。普段ならこの時間すら苛立つところだが、タクシーだの飛行機だので待つことには慣れていたので、今のエイジにはこの程度あっという間だった。

 気が抜けるような音が停止したことを知らせ、扉が開く。

 エイジはそのままとある一室の前まで歩いた。

 さっきとは違って数字を打つことなく、インターホンはボタンを押すだけで反応した。


「ただいま」


『おー。エイジ。帰ってきたか」


 聞きなれた中年の声を聞いてエイジは安堵する。ちゃんと生きていた。

 鍵が開錠され、扉が開く。パジャマを着た、エイジの父親の姿がそこにあった。


「おっす」


「よく来たな」


「まあ。たまには」


「たまにはってお前。今日だからだろ」


「うん」


 父親の言う通り。エイジはただ大きな任務の前に実家が恋しくなったからここに来たわけではない。きちんとした理由があった。


「カレンは?」


 エイジには妹がいた。小さな赤子の頃から見てきたエイジにとっては大事な妹だ。


学校スクールだ」


「そっか。元気にしてる?」


 最後にあったのは一年前の今日。

 久しぶりに会うということでエイジは愛すべき妹の成長を楽しみにしていた。


「当たり前だ。誰が育ててると思ってるんだ」


「そうだよな」


「昼飯にする。手伝え」


 そう言って部屋の中に進む父の背中をエイジは追った。


「うん」


 部屋の時計を見ると、針は午後一時を示していた。何か作り始めるには遅い時間だが、きっとエイジの父親はエイジを待っていてくれたのだろう。

 男二人が集まって作ったのは焼きそばだった。男二人の胃袋を満たすために大量に作った。麺の袋を六つは開けただろう。

 大量の焼きそばの乗った皿をテーブルの上に鎮座させ、エイジは麺を口に含む。


「うまいな。さすが父さん」


「当たり前だ。俺とお前が作ったんだからな」


「なんだそれ」


 親子の何気ない会話がエイジは好きだった。

 それからエイジは父親と最近何をしているかとか、交友関係はどうだとか、そういう話をした。

 もちろん暗殺のことは一切伏せて。


「しばらくこっちにいるのか?」


 会話の中で父親が言った。


「いや、明日には戻る予定だけど」


「仕事か?」


 気のせいか父親の声が少し重くなった気がした。


「うん。まあ」


 エイジは家族に自分の仕事は国に関わる仕事、としか伝えていない。自分の息子が、兄が、人を殺す仕事に就いているとは夢にも思っていないだろう。

 ばれてはいけない。

 だから、これ以上詮索されては困る。

 エイジは声のトーンを落として聞かれたくないという雰囲気を出した。

 父親はそうか、と一言呟き、


「気をつけろよ」


 そう言った。

 この会話はエイジの頭に強く残った。


「カレンが帰ったら行くぞ」


「わかった」


 今日の目的は父親とカレンに会うだけではまだ終わりではない。まだ、エイジには会うべき人がいる。

 それから特に会話もすることなく、家の中でそれぞれ時間を過ごした。エイジは久しぶりの実家の中を探索したり、自分が知らない家具や小物を見て楽しんだ。

 三時間がたった。

 エイジはベランダにあった観葉植物を眺めていた。観葉植物なのに鑑賞できない場所にあっていいのだろうか、というかなりどうでもいいことに頭を悩ませていた。

 最終的にまあいいかという当たり障りのない結論に落ち着いたところで玄関の扉の鍵ががちゃがちゃと騒ぎ立てた。


「ただいまー!」


 扉の開く音ともに久しく聞いていなかった妹の声が聞こえてきた。


「おかえりカレン」


「お、帰ったか」


 エイジは植物の鑑賞を切り上げ、父親は読んでいた新聞紙から顔を上げる。


「ただいまお父さん! ってお兄ちゃん! 帰ってたんだ!」


 カレンは一年前と変わらず元気だった。


「昼前にな」


「昼前?」


「うん」


「なんで連絡してくれなかったの!」


「いやカレン学校じゃん」


「ああもうわかってないなあ」


 やれやれとでも言いたげな妹。


「お兄ちゃんが帰ってくるなら学校なんて無視だよ!」


「そんな不真面目な子とは会いたくありません」


「おいてめえ俺の娘に会いたくないってか? いい度胸じゃねえか」


「あんたそんなに娘大好きだったっけ?」


「息子が仕事だなんだってたまにしか会いに来んからな。愛情が娘に偏るんだよ」


「お父さん今度車買ってー」


「よしきた。何がいい? フェラーリか? ポルシェか?」


「やめろばか」


 エイジの家族仲は非常に良好と言える。それだけに自分の仕事が決して褒められたものではないことにエイジは後ろ暗さを感じている。


「お兄ちゃんはしばらくここにいるの?」


「いや、明日には戻る」


「えーつまんない」


「ごめんな。今度は……すぐには会えないかもだけど。なるべく頑張るからさ」


 敵国に潜入する任務などすぐに終わるはずもない。エイジはできない約束はしない。


「約束だよ?」


「うん。約束」


「よし。ならそろそろ行こうか」


 父親が言った。右手を振って車のキーを鳴らしている。準備万端のようだ。


「そうだな」


「どこに―――ああそっか」


 妹は薄情にも今日が何の日か忘れていたようだ。


「母さんの墓参りだ」


 今日のエイジの予定は家族と会うこと。そのためにわざわざ任務の休暇を取ったのだ。

 エイジは父親と妹と、最後の四人目の家族に会いに行く。


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