六話 絶対に守る
刃を生成する。
その形や大きさに制限はない。フルーツナイフから二メートルを超える大刀までなんだって。
エイジが作り出したのは刀だった。
アムリタはすでに戦いを始めていた。どこに隠し持っていたのか拳銃を取り出し、白装束の頭を一つ、二つと打ち抜いていた。
白装束の一人が、身を伏せながら気配を殺しアムリタに近づいていた。それにアムリタは気づいていない。
エイジはそいつにとびかかり、刀で脳天を一思いに貫いた。刀を頭から抜きながらナイフを生成し、別の白装束に掌から放つ。マシンガンの音が一つ消えた。
「アムリタ! 二階に降りたやつらを頼む!」
言ってからこれ俺が指示していいのかな、とふとエイジは疑問に思った。いやでも頼んだだけだしなあ。
そう思いながら日本刀を白装束に向かって放り投げる。刀は綺麗に放物線を描き、白装束の右足を切り落としたがすでにエイジはそちらではなくアムリタの方へ視線をやっていた。
アムリタはさっきと変わらず白装束と戦っていた。拳銃の弾がなくなったのか連中のマシンガンを片手で撃っている。
エイジの指示などこれっぽっちも聞いていなかった。
「まあ、いいけどさ」
エイジはその場をアムリタに任せてエスカレーターを走って二階に降りた。
まっすぐ進もうと思ったが途中で横に飛び降りる。正面に死体があったからだ。
二階はひどい有様になっていた。店は破壊され、辺りには焦げた臭いが蔓延している。嵐が通り過ぎた後のようになっている。
「嵐のほうがまだましか」
嘆いても状況は変わらない。一秒でも早く奴らを殲滅することを考えろ。自分にそう言い聞かせ、いくつもの死体を置き去りにする。その中には小さな子供の姿もあった。
銃声は近くでなっている。悲鳴も聞こえてくる。生きている人がいると喜ぶべきかエイジは迷った。
「世界に救いを!」
「世界にすく―――ぐあああ!」
馬鹿げたセリフを吐いた馬鹿のふくらはぎにナイフを投げて刺す。うずくまった白装束に近づき、そいつのもう片方のふくらはぎを杭で地面に縫い留める。
救世主の連中は誰一人として生きて捕まえたことがない。だからどの程度の規模の組織なのか、誰が主犯格なのか、その実態が掴めていない。
構成員の確保も組織を解体するために必要な作業だ。
「そこで寝てろ」
エイジは捨て台詞を残し、次の白装束に狙いをつける。
気が狂ったように「世界に救いを」と叫び続ける男を三人ほど刀で切りつけた。命は取らない。すべて足を切ったのだ。
銃声は鳴りやまない。残りはいったい何人なのか。エイジは数えることなくただただ事態を抑え込む。そのことだけを考えていくつもの白装束を真っ赤に染めた。
◆ ◆ ◆
エイジが戦闘開始した数分後に、対テロ特殊部隊はやってきた。
それからは早かった。あっという間に民間人の逃走経路を確保し、白装束を囲むようにして抑え込んでいった。
「ご協力感謝しますエイジさん。あなたと戦えて光栄です」
封鎖されたモールの外で、エイジは部隊の隊長と事情聴取を執り行っていた。
「いえ、俺など大したことはありません。今回だって、何人も助けることができなかった」
今わかっているだけでも三十七人死んでいた。連中は無造作に狙いもつけずに弾丸をまき散らしていたからテロの規模に対して人的な被害は少ないのだろう。
だが、それでもエイジは自分の無力を呪わずにはいられなかった。
「そんなことは……。エイジさんが応戦してくれていなかったらもっと死者が出ていました」
「そうかもしれませんね」
慰めにしては安い言葉だ。そもそもエイジの能力は団体戦に向いていない。所詮暗殺にしか使えない地味な能力なのだ。
「それより、捕らえた奴等はどうなってるんですか」
アムリタ、ガブリエラの安否も気になったが先にこちらを聞くことにした。彼女らは自分たちでなんとかできるはずだ。
今回のテロではエイジが急所を外したおかげで何人か捕らえることに成功した。もっとも、エイジが倒した中の数人は楽しい弾丸交換会を開催していたため、生きて捕らえたのは結局二人だけだった。
「そいつらなら気絶しているようです。目覚め次第、心理能力者協力のもと尋問を開始します」
「うまくいけばいいな」
「は?」
「何でもない」
「そうですか」
エイジは失敗するだろうと考えている。
連中の情報の秘匿に対する執念はすさまじい。今は生きているだろうが、何らかの方法で自殺を図るだろう。たとえ素っ裸にして手枷足枷をして猿轡をして一切の身動きを封じたとしても、意味はないだろう。
「アムリタとガブリエラはどこにいるか知ってますか?」
「アムリタ伍長は見かけていません。ガブリエラ女史は避難所の方で見かけましたが……」
「そうですか。ありがとう」
エイジはそう言い残し、再びモールのほうに歩き始めた。生きているならわざわざ確認する必要もない。様子を見るなら行方不明の方だ。
しかし、
「あいつが怪我してたら笑ってやろ」
あのぽけーっとした不死身女が負傷するなんて想像する方が難しい。サッカーの時の子供を助けるときだって銃に撃たれても平然としてたし。
まさか無視されるとは思っていなかったが。
もしかして俺嫌われてる!? と勝手に盛り上がりながらエイジは立入禁止を通り抜ける。
モールの中に入ると何人もの職員が現場を調査していた。制服や防護服を着た彼らの中にエイジは私服で紛れていたので何度か民間人と間違われた。その度に以前ラインに渡された証書を提示するのがエイジは嫌いだった。
三階に上がるとまだいくつか死体が残っていた。エイジはそれらすべてに手を合わせた。
一つを除いて。
「リタ。そこで何やってんだ」
元は綺麗な金髪がどす黒い赤に変色していた。
「疲れただけ」
「不死身とやらはどうした」
「怪我はなくとも痛みと疲れは残る」
「もうちょっとやり方があっただろ!」
リタの体の周りには大量の血液が流れていた。黒く凝固したそれらは返り血だけではない。リタ自身の血も混じっている。
相当な無茶をしたらしい。
「……これが私。自分の体を盾にして敵の攻撃を防ぎ、動揺させてそのすきに反撃する。今までだってこうやって敵を倒してきた。エイジも前に見たでしょう?」
公園でのことを言っているのだろう。
あの時、リタは一度たりとも攻撃をよけなかった。あれは子供を守るためだと思っていたが、エイジの勘違いだったようだ。
「能力がなくたって強いじゃないか。そんなめちゃくちゃな戦い方する必要なんてないだろ」
「任務のためなら私はなんだってする。それがこの仕事をこなすということだから」
「倒れたら意味がないだろうが」
「いいえ。任務は絶対。たとえ正式な任務でなかろうが、突発的に発生した任務だろうがそれは変わらない」
任務は絶対。アムリタはそう言い切った。
明らかに疲労が蓄積しているだろうに、それを忘れさせるほどに力強い意志をアムリタから感じた。何か、彼女にも戦う理由があるのだろう。
「でも、そんな戦い方はやめろ」
痛々しくてこっちが見てられない。
「私の筋肉強度は常人の十倍ある」
「なんだって?」
「私の能力は、厳密には不死身じゃない」
エイジと同じように彼女も能力を秘密にしていた。そういうことだろう。
「体は強くても、動体視力は並みのまま。私は能力がなければか弱い女の子でしかない」
強がるようにアムリタは笑った。だからあれしかできない。そうとでも言いたげだ。
それを見てエイジは決断した。
「リタ。お前のことは俺が守る」
能力者として生きていくと決めたのはアムリタ自身だ。それをいまさら無かったことにはできない。
こんな無茶な戦い方をするぐらいならずっと傍にいて守ってやる。アムリタに一人で戦わせた自分が馬鹿だった。
次の任務の間も、その後もエイジは絶対にアムリタを守る。
「それは、心強いね」
そう言ってアムリタは立ち上がった。エイジは彼女の手を優しく引っ張った。