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三話 テヅカを知らない女

 周囲には建物がない。つまり人がいない。助けを呼ぼうにも動ける者がいない。

 危機的状況だ。

 狙われているのがエイジでなければ。だが油断はできない。万に一つも子供たちに傷を負わせてはいけないからだ。


「復讐の時間だ。そこの男、腕を上げてこっちに歩いてこい」


 言われた通りにエイジは従う。


「すぐにそいつを使わないなんて随分優しいんだな」


「俺は銃が下手だからな。無闇に死体を作りたくないんだよ」


 少年たちは怯えた様子で固まっている。銃は、子供のいる場で使っていいものではない。その威力を子供が知る必要もない。

 エイジは一番前まで出た。


「一つ聞かせろ」


 男が言った。


「なんだ?」


「誰の命令で動いてる」


「おいおい。俺は正義の味方だぜ? 誰の指図も受けねえよ」


「なら死ね」


 金属が弾かれる。同時に乾いた破裂音がコートを走る。弾丸は銃口から火花をまき散らし、空間を切り裂く。刹那とも呼ばれる時間の中で空間を切り裂き、エイジの脳天を貫いた―――と思われた。

 金属音は二度鳴った。一度目は撃鉄の音。


「貴様。なんだそれは。その刃は!」


 二度目はエイジの体から生成された鋼鉄の刃が弾丸を弾いた音だった。


「悪いね。俺も能力持ってんだ」


「ふ、ふざけ……」


 突然、男は言葉を切った。喉首が切り裂かれたのだ。


「それはお返しだ」


 エイジは余裕を崩さない。たった一つの例外を除き、任務は絶対にこなす。それがエイジの信条だ。

 心の中でエイジは祈りを告げる。任務とはいえ同郷の仲間を殺すのはいつだって辛い。それにこいつらはくそったれの社会情報主義国の連中にたぶらかされただけの憐れな男達だ。少しぐらい祈ってやっても罰は当たらない。

 男は生命に欠かせない気管を切断され、地面と口づけを交わした。

 うわー! と歓声が上がった。悲鳴ではなく、歓声。

 途上地域の子供たちは、銃どころか殺人現場も見慣れているのが現状だ。それでもなおサッカーで和気藹々と楽しめるように成長しているのだから、エイジは彼らの将来が楽しみでならない。


「兄ちゃん。つえー!」


「すごい!」


「かっけー!」


「どうやったの今!」


 駆け寄る少年たち。かわいい子供に囲まれて嬉しい反面、こんな凄惨な現場を自分が見せてしまったことに罪悪感が募る。

 それが大きな隙となった。


「安心するのはまだ早いんだよ!!!」


 敵はもう一人いた。

 声は後ろから聞こえた。エイジが振り向いて撃退するよりも、相手が銃を撃つほうが早い。完全に誤算だった。

 何か手を打とうにも、周りの少年たちが障壁となる。下手に能力を使えば巻き込みかねない。

 だめだ、と思うのとほぼ同時に銃声がエイジの鼓膜を揺らす。

 痛みはない。エイジには当たらなかったようだ。なら、少年たちの誰かに当たったのか。いや違う。悲鳴も叫びも、一つも聞こえない。

 振り向くと女が仁王立ちしていた。


「おい、あんた」


 狙いと外れたと気づいた男は二度、三度と弾丸を発射する。それらを女は自らの肉体をもって受け止めた。

 男は焦りの表情に顔を歪め、立て続けに弾丸を放つ。数発撃つとカチンという音が鳴った。残段数ゼロだ。

 傷を負っているにも関わらず、女はずんずんと男との距離を詰める。


「く、来るんじゃねえ!」


 弾倉を入れ替えながら男は叫ぶ。子供たちから離れたことで、能力を使って男を殺すことはたやすかったが、エイジはそうしなかった。

 女が男の目の前に立った。


「や、やめてくれ。許してくれ……」


 女は男の顔を掴み、首を回した。まるでコマ回しでもするかのような呆気ない動作だった。

 懇願はむなしく、男の体は地に伏せった。

 静寂が場を包んだ。

 最初にそれを破ったのはダニエルだった。


「すげーーーー!!!」


 安全だと感じた少年たちもダニエルに続く。


「兄ちゃんも姉ちゃんもつえー!」


「ヒーローだ、スーパーマンだ!」


「二人ともかっこいい!」


 子供達はわらわらとエイジと金髪の彼女の元に駆け寄った。

 彼女は子供らを引き連れてコートに戻る。エイジは今度は警戒を怠らなかったが、どこにも敵の気配は感じなかった。


「あんた何者だよ」


「私は通りすがりの美女だけど」


「自分で美女とか言うな」


 どちらかと言うと美少女だった。


「事実だからね」


 そう言われると何も返せなくなる。どれだけ自信家なんだこの女はとエイジは自分を棚に上げて思う。


「さっきのあれは何?」


 正直に答えるか迷ったが、この女からは邪悪なものは何も感じられない。大丈夫だろうとエイジは自分の直感を信じた。


「能力だよ。体から鉄のナイフを生成、射出できる」


「ひどい能力ね」


「俺だってそう思う」


 能力は、かつて人類を追い込んだ未知の凶悪なウイルスから生き延びるためにFAOが巨額の資金を投資して開発した事業だ。

 食料を作る能力、怪我を治す能力、水を浄化する能力などが活躍した結果、生き残ることに成功したらしい。

 それに比べてなんて野蛮な能力だとエイジは悲しんだ。こんな人を殺すためにあるような能力など。


「あんたは?」


「不死身」


 非常に珍しい能力だ。少なくともエイジは他で聞いたことがない。

 エイジは能力を聞いてとある漫画の不死鳥を思い浮かべた。


「それはそれは」


「老衰は無理だよ? 年取るし」


「あんたがテヅカオサムを知らないことはわかった」


「うん?」


 女は要領を得ないようだった。


「あーお前ら。そろそろ俺は帰る。散った散った」


 えー、と子供たちは不満を顕にする。手を振って道を開けさせるとエイジはそこを通った。特に用事はないが少し長居しすぎた。子供と戯れることで活力も得たし、この辺りでお暇させていただこう。


「ねえ」


 ちょっぴり爽やかな気分で帰路につこうとしたエイジを女が呼び止める。

 踵を返すと子供に囲われた女がまっすぐにこっちを見ていた。アンバランスだなとエイジは思った。


「またね」


「え?」


 女はエイジから視線を逸らし、「よし。もう一回サッカーやろっか」と子供たちに言っていた。活力を発散しきっていなかった少年たちは元気よくコートに散らばっていった。

 今度こそコートを離れエイジは家路を辿る。家路と言っても、借りた宿に戻るだけだ。自宅は遠いワシントンにある。

 公園から抜けて、露店が並んでいるそこそこ賑わった道路に入った。ここではさっきと変わらず陽気な市民たちが行き交っていた。殺人事件が起こったことなど知る由がないといったところか。


 最も、殺人事件などこの片田舎では日常の出来事だが。喧嘩の末全身打撲の死体が出来上がったなどよく聞く話だ。

 それを聞いたとしてもエイジは「あーまたやっちゃったか」としか思わない。それでいて秩序はそれなりにあるのだから彼らの逞しさには目を見張るものがある。


 さっきの金髪の女はどうだろうか。

 そもそも通りすがっただけとかいう怪しさ満点の自己紹介を誰が信じるだろうか。

 エイジは自分のことを棚に上げてそんなことを思う。

 不死身の能力なんて少なくともエイジは聞いたことがなかった。能力者を育成する学校でもそんな学友はいなかった。一体何者だったのか。気にはなるが、もう二度と会うことはないだろう女だ。忘れて構わないだろう。

 それに、嘘ぐらいついたっていいだろう。やましいとまでは言わなくとも、誰だって秘密の一つや二つはある。隠していることがあるのは向こうだけではないのだから。


 この時、数日後に再び顔を合わせることになるとはこれっぽっちもエイジは思っていなかった。

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