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一話 さよならまでの数秒

 薄暗い路地裏。

 太陽の光さえ照らすことを諦めたその場所は、昼間であるにも関わらず静寂に包まれていた。


「……くそが!」


 カルロ・ウッズは道路の端に唾を吐き捨てた。普段行わないランニングをあまりに長い間続けていたため、口の中に唾液が溜まっていたのだ。


 なんでこんなことに、とカルロは呟く。


 考えればすぐにわかることだった。


 カルロは複数人の仲間とともにある計画を立てていた。この国では建ててはいけない計画を。

 後ろを振り返る。誰もいない。一先ず振り切ったようだ。


「あーくっそ……」


 完全に撒いたわけではないので、安心はできないものの一呼吸ぐらいはつけるだろう。

 そう思った時だった。


「見つけた」


 声がした。どこからか。

 カルロはその出所を探す前に地面を思い切り蹴った。見つけたところで意味がないことを知っているからだ。


 胸元に忍ばせている封筒を覗く。それは許可証だ。社会情報主義国への入国許可証。もちろん、この自由能力主義国でこの紙を持っていることは通常ではありえない。監査委員が厳しく国民を見張っているからだ。


 カルロはその隙間を縫って、なんとか社会情報主義国の商人から手に入れた。手に入れるまで何人も仲間が捕らえられた。中には死んだ者いる。だが、これにはそれだけの価値があった。

 これさえあれば、このくそったれな国からおさらばできる。


 仲間の元へ帰って、この許可証を届ける。それがカルロの任務だ。

 それができれば、後は他の仲間が手筈を整えてくれる。


 逆に言えば、これが失敗すれば自分は捕らえられ、仲間の情報を吐くまで拷問を受けることになる。だから、絶対に逃げ延びなければならない。


 カルロは死ぬ思いで足を動かし続けた。筋肉が痙攣するのを感じた。喉が干上がっている。心なしか視界もぼんやりしてきた。


「しっかりしろよ、俺!」


 右手で自分の頬を殴り、意識を保つ。これが終われば夢の暮らしが待っている。だから諦めるな俺。


 自分を鼓舞し続け、後ろを振り返る。誰もいない。

 緊張が少し薄れたが、足は緩めない。そうしているうちにカルロは見知った場所に入った。


 商店が立ち並ぶその場所は路地裏と違って人の往来が激しい。普段カルロが食べ物を買う店もある。そこの店主とは仲が良く、口車に乗せて料金をまけてもらったこともある。


「あらカルロ。お急ぎ?」


「すまんカミラ。また後でな!」


 今すれ違った褐色の女は昔同じ学校だった女だ。この国から逃げる計画にそれとなく誘ってみたこともあるが、カミラはこの国が好きなようだった。


 ともあれ、この辺りはカルロの庭のようなものだ。どの道を行けばどこに繋がるか隅々まで把握している。ここならそうそう捕まらないだろう。


 気配はないが追っ手はまだ来ているに違いない。隠れ家まで一直線には目指さずに、遠回りをして撹乱する。


 数分間。カルロは走り続けた。


 隠れ家は、街の表通りの裏側にある小さな家だ。ボロボロな家で、パッと見れば家にすら見えない。仲間にも廃屋だと勘違いする者のほうが多かった。


 そこに、着いた。


 ドアの前で膝に手を置いた。溜まった唾を飲み込んで、仲間に吉報を伝える準備をする。


「おいお前ら、持ってきたぜ!」


 朽ちかけた扉を押しのけ、最高に明るい口調でカルロは叫んだ。


 返事はなかった。


 電球はついている。部屋の奥からは何か食べ物を調理している匂いがする。その中には微かに火薬の臭いが混じっていた。


「お、い……?」


 カルロは戸惑った。


 予定通りなら仲間は全員この家で待っているはずだ。この許可証を持って、準備していた逃走ルートを進めば、計画は達成。保証された暮らしが始まる。そのはずだった。


 一息吸って、自分を落ち着かせる。


 そうすると現実が見えてきた。


 仲間が全滅している現実が。


「遅いし、逃げ方がワンパターンすぎる。だから隠れ家を予想されるんだよ」


 弾かれた様にカルロは振り向いた。

 そこにはごく普通の青年がいた。やたら可愛い顔立ちをしている。


「だ、誰だお前!」


「俺か? エイジってんだ。よろしく」


 まるで飲み屋で初めて会った人に話すようなフレンドリーさにカルロは戸惑った。


「まあ。さよならまでもう数秒だけどな」


 殺される。


 カルロはそう直感した。


 ここに転がっているかつて仲間だった肉塊の仲間になってしまう。それだけは嫌だ。何のためにカルロがここまで逃げて来たのか。


「じゃあな」


 エイジと名乗った青年が腕を振りかぶった。


「ま、待ってくれ!」


「ん。なんだ?」


 ピタリと青年の動きが止まった。

 まだチャンスはある。


「金をやる」


「ならくれ」


「今はだめだ」


「なぜ?」


「持ってないからだ」


「なら持って来いよ」


「それもできない」


「なぜ?」


「俺が逃げ切らないと手に入れられないからだ。いいか? 俺はこの国から逃げる。そして社会情報主義国に亡命する。そうすれば―――」


 カルロは言葉を止めた。いや、違う。発せなかったのだ。

 違和感は喉元から出ている。視線を下にずらすと、銀色の金属が喉から伸びていた。

 そう認識した時にはカルロの意識は途絶えた。


 ◆ ◆ ◆


 賑やかな表通りをエイジはさも平然と歩く。

 慌てていてぶつかりそうになった褐色の女性に爽やかな笑顔をもって気にするなと伝え、手を振って別れを告げる。もちろん死別ではなく。


「はいはい。仕事終わったから回収よろしく」


 耳元にあてた電話に向かってエイジはやっつけ気味に言う。


『おいこら。電話越しだからって上司にその口調が許されると思うなよボケ。回収ならとっくに向かわせてる。つーかさ、真っ先にそれを伝えるのが貴様の役目なんだが?』


 軽いノイズを交じえてエイジの上司は威圧気味に声を荒げる。


 それは違うだろ、と反射的にエイジは思う。


 エイジの仕事は始末屋。誰にも見られることなく、確実にターゲットを抹殺する。その手腕には絶対の自信をエイジは持っている。

 決して、上司パパに連絡することが役目ではない。


「あーはいはい。どうせどっかから見てるんですから別にわざわざ報告しなくてもいいでしょ」


『よかねえ。お前が連絡しないから監視をつけるようにしたんだよ。ぶっ殺すぞ』


「おー怖い怖い」


 へらへらと笑うエイジに電話の上司はため息を吐いた。


『これで仕事が適当なら即刻処分する手筈を整えるんだがな』


 そうしないのはエイジが優秀だからだ。任務は必ず成功させる。マエダエイジはこの業界ではもっぱら評判の男だ。悪い意味で。


「お褒めにあずかり光栄です」


『褒めてねえ』


 ぶっ殺すぞ、と電話の上司は吐き捨てる。


『また連絡する。自由《F》能力《A》主義国《O》に栄光あれ』


 ぶつ、と電波が途切れる音が耳に残った。


「勝手に言ってろ」


 エイジは広い表通りを見渡す。


 そこは多くの人々で賑わい、交流が広がっている。建物には前時代的な古臭さを感じるが、道行く何人かはその手に最新鋭の携帯電話を握っている。まさに資本主義の勝利。こんな片田舎にまで小金持ちが出歩いている。


 携帯を持った男が少年の前を通りすぎた。汚い身なりをした少年だった。少年は男を見上げ、拝むように手を上げる。


 恵みを求めているのだ。


 この片田舎では小綺麗な服で身を整えた人間が歩く傍らで、今日のご飯に困る子供が存在する。


 エイジが所属する自由能力主義国ではこの光景が当たり前のように散見される。自由と能力を重視する国とは聞こえがいいが、その実態はただの格差社会。


 かといってもう一つの社会《S》情報《I》主義国《O》が素晴らしい国かと言えばそうでもない。全国民の平等を謳い文句にしているSIOだが、やはり平等とは程遠い。


 社会的弱者に当たる人々は人権の保障されない仕事を充てられている。つまり、戦争の使い捨て道具だ。曰く、国に最低限貢献できない人間は「善良な国民」には当たらないらしい。

 今や世界はこの二つの勢力によって支配されている。


 どっちに転がってもクソだなとエイジは常々思っている。

こんにちは。奈宮です。今回は血を操る能力者のお話です。

一話というか、プロローグに近いかもしれません。余裕ぶってる彼ですが、今後結構苦労します。そんなわけで、よろしくお願いします!

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