~第6幕~
※フェニックス五輪……本作の世界線ではアトランタ五輪。フェニックスという州はアメリカに実在します。
鳥谷碧はオファーを受けた3日後に三ツ橋海上へ断りの連絡を入れた。悩みに悩んだ上での判断だった。クラブ責任者である白木は「勿体なぁ」と言いつつも、彼女の決断を支持した。
小さな道場から臨んだ全国大会では準優勝の成績を残した。優勝したのは女子大生となった町田智子だった。この功績は地元紙で勿論、スポーツ紙でも記事となった。そして色んなメディアが鳥谷に興味を持つようにも――
「それで鳥谷さん、お伺いしたいことがあるのですが」
「はい、何でしょうか?」
「高校生時代、非行をしていたときもあったと伺っています」
「あ~まぁ、やんちゃしていた時はありましたね。でも、私にとって恩師である八木先生と出会ってから、私の人生は変わりましたよ。そこから私の柔道人生が始まったと言ってもいいかと……」
「なるほど、それでさきほどの話に繋がる訳ですね!」
「それが全てですよ……」
「それで差し支えなければお聞きしたいのですが、鳥谷さんは児童養護施設にて高校時代までを過ごされたとお聞きしました。そのへんのお話などもいっしょに伺えますでしょうか?」
「あの、誰から聞いたのですか?」
「はい?」
「だから、私が養護施設で育ったと誰から聞いたのですか?」
「それはお答えできませんね。プライバシーもありますから」
「だったら私にもプライバシーがありますよね?」
「失敬しましたね。じゃあその話は聞きませんよ」
鳥谷は取材を受けると聞き何かワクワクするものがあったものの、このようなやり取りを経て嫌な思いばかりをした。案の定、その紙面には『生い立ちの事を聞くと、彼女は顔を暗くした。なんと苦労をした柔道家なのだろう』とまで掲載された。これに彼女は憤り、以降はいかなる取材の依頼も断るようになった。
「そう、何をどう判断しようと貴女の自由じゃない? もう大人なんだし」
千葉市のとある病院の一室にて鳥谷は病人になった八木と対面した。全国大会にて準優勝を果たした報告といっしょに、メディアの取材に対する嫌悪を素直に彼女へ吐いていた。
「私なんて取材を受けたことないけどな。羨ましく思うわよ」
「そんなに嬉しいものではないです。私は不快になるばかりで……」
「あっはっは! それはそれでいいと思うわよ、貴女の自由で。それより貴女、教師を目指しているのだって? 青木さんから聞いたわよ?」
「はい……先生から頂いたご金言が心に残っていまして……」
「そう? 適当に言ったのだけどな(笑)」
「適当だったのですか!?」
「ふふふ、でも、嬉しいわ。ねぇ、1つ聞いていいかしら?」
「はい、何でしょうか?」
「教師になる事と柔道をする事、どっちか1つを選べと言われたらさ、どっちを選ぶかしら?」
「それは……」
言葉に詰まった。鳥谷の中でハッキリと答えがでてないものだからだ――
翌年も彼女は全国大会へ出場。宿敵である町田を倒し、悲願の優勝を手にした。同時に日本代表の強化選手として内定を受けた。その年の世界選手権にも町田と共に出場。ベスト4にて日本人対決となった町田に競り負けたが、彼女にとってそれは何よりも貴重な経験となった。そして近くに迫ったフェニックス五輪をも射程圏に入れたのだ。
「この道場から世界チャンピオンがでるのか……夢みたいな話だな」
「先生、まだ決まったワケではありません。変な妄想にとり憑かれる場合じゃあないですよ! 乱取り、まだまだお願いします!」
「お、おう……でももうこんな遅くにもなった。鳥谷さんは明日も仕事があるのだろう? 今日はここまでにしたらどうだ? 私も歳だし、私が堪えるよ……」
「オ、オネガイシマス!」
「えっ?」
白木と鳥谷だけが残った道場に一人の来客が現れた。
午後11時過ぎ、現れたのは白木よりも大きい大柄の男だった――