~第2幕~
鳥谷碧、彼女は親無し子として児童養護施設で育った女子であった。しかし、十代の思春期を迎えると、真面目で素朴な性格は一変した。人前で煙草を吸えば、夜な夜な遊びに出掛けて警察の面倒になる事も多々あった。2年生の学年で番長と言われるまでになった彼女は、3年の番長が仕切っている柔道部こと葛城組の一員となり、その後継を託されるまでになったのだ――
「くだらないわね」
「先生、くだらないどころの話ではないです……我々学校が困っているのだから」
「それで私に諦めろと?」
「いや、そういう事じゃなくて……彼女は遠慮した方がいいと言っているのです」
「そしたら、まだあの道着を着ないで柔道していた子がいいとでも?」
「葛城の方がまだまともだ。親がみえるから。ただ彼女の親は会社の社長で……」
「あぁ~いいわ。私、鳥谷さん以外のことは興味がまるでないから」
八木と室橋は喫茶店の中で鳥谷碧の話をした。
室橋は八木が生徒達に正しい柔道を以て叱咤してくれた事で満足しようとしていた。元々葛城と鳥谷の一派に仕方なしに入っているものの、本当は純粋に柔道という柔道がしたい生徒達から内密で相談を受けていたからだ。
しかしそれがここにきて八木が鳥谷に興味を持ったときたのだ。彼はコーヒーを飲みながら思案を巡らして1つの交渉に打って出た。
「先生、それではこういうのはどうです? 鳥谷のスカウトに私もできることは協力しましょう。しかし我が柔道部には金輪際、鳥谷と葛城は関わらせないと」
「何ですか? その提案は?」
「鳥谷と葛城以外の生徒に何かを見いだされるのでしたら、柔道部として先生の介入は受けられます。しかしあの鳥谷を招くとなると彼女の取り巻き達が加わり、あの地獄絵図が繰り返されるだけです。その旨を分かって頂けないか?」
八木はゆっくりとコーヒーを飲みほすと、あっさり返事をしてみせた。
「室橋先生の言われている事はどこか矛盾している。柔道部をよくしたいのに、可能性のある子を遠ざけている。それはまるで1から0をわざわざ作りにいっているようなものです。否、1をわざわざ捨てに行っている。和を以て貴しとなすとは、貴方もご存知の御言葉の筈ですよね? わざわざ逃げる必要ありますか?」
「しかしだね、八木先生……」
「では私が柔道部の顧問となるのはいかがですか?」
「え!? いま何と……正気ですか!?」
八木の瞳はまっすぐだった。何の嘘もなかった。
この3日後、彼女は青木総監督と話し合った。
「そうか、八木さんがそんなにもときめく逸材がいたとは……」
「はい。この活動を始めて、こんなにも胸が躍ったことはございません」
「しかし、本当にその子が柔道を始めるのかな?」
「はい?」
「いいや、私の倅の一人にもね、高校中退してヤクザか何かのチンピラになった奴がいる。親族の皆で彼に声をかけ続けたが、彼の心には何も届かなかった。今、どこで何をしているのかも分からん。荒れる彼らの心には簡単に何も響かない。言うちゃあ何だけどね、八木さんは子育ての難しさが分からない事がないか?」
「監督、何を言われるのです。私に諦めろと?」
「違う。駄目だったら諦めて欲しいということだ」
「つまり?」
「期間を設けよう。その……いっしき高校? いっしし高校? 柔道部の顧問は半年ぐらいならやって貰ってもいい。でも、それで何も結果がだせなかったら、潔く諦めなさい。それでどうだ?」
「ありがとうございます!! 青木監督!! でも1つだけ」
「うん?」
「市川一心女子高校です」
こうして八木真弓が市川一心女子高校の柔道部顧問となる事が決定した――