~第8幕~
地域ごとに行われる新人戦に市川一心高校柔道部が臨む。開催されたのは何の縁か市川高校体育館だった。階級として参加者が少ない嘉子はあっさりと優勝を決めた。しかしそれ以外は碧を除いて一回戦で次々と敗れ去った。碧を除いては。
碧の技は多岐にわたっていた。投げ技をかけようとしたら、逆手をとって払い投げに転じる。寝技をかけても、それを返し技で返して締め技を決めてみせた。また体の動きが俊敏で読もうにも読めない――
強い。その見た目もあってか、会場にいた誰もの目を奪った。
事実、碧の柔道の腕はあの反則技をした日からみるみる磨かれていった。この日の前日に様々な状態での組手特訓を施した鳥谷だったが、彼女が教えてない事までやってのけていた。
しかしいくら勝っても彼女は笑わない。対戦相手に敵として礼を尽くすのみ。
とてもクールな印象を残す碧へ自校だけでなく他校の生徒まで声援を送りだすように。鳥谷は次第に息をのむようにまでなった。
決勝は何の因縁か市川高校の岡田益美だった。
壮絶な試合だった。とても新人戦には思えない激しくも技の掛け合いが魅せる膠着した試合。結果は判定で碧の勝利。そして碧の優勝となった。
「強かった。また貴女と試合がしたい」
「ありがとう。まだまだ強くなるよ。貴女もまだまだ強くなって」
2人は試合後にハグを交わした。それは1つの友情が結ばれた瞬間でもあった。
鳥谷は直感した。この子はまだまだ上にいけると。そしてこの高校もまだ先にいけると。翌日の団体戦も碧と嘉子の活躍で優勝を果たす。そして直感は確信へ変わってゆく――
新人戦以降、練習はよりハードなものへと推移させていった。運動の量も増え、また座学の時間を持つことも増やした。碧は学校のヒーローとなって、柔道部では嘉子と共に部の顔にもなった。その顔と相まみえたいと市川高校はじめ、千葉県内の女子柔道部が出稽古に来るようになる。
さらに鳥谷は自身の出身道場である船橋育心道場を一心高校柔道部の出稽先に指定した。そこでは大きな体の相手と練習する事もできる。全国すらも視野に入れた選手強化を進めた。
道場師範の藤平はやはり碧に注目をした。
「あの服部さん、凄くいいですね。鳥谷先生の再来じゃないですか?」
「私はもっと凄くなって欲しいと思っています」
「えっ? もっと?」
「一人が目覚めた時、また一人とそれが伝染して革命は起きる。私の好きな小説の一節です」
「どうしたのです? 急に?」
「ほら、あそこを見て下さい」
鳥谷は妙子を指さした。妙子は休憩に入ったが文庫本を読んでいる。僅か数分ほどの休憩の間に本を読んでいると言うのだ。
「あれをそもそも始めたのは碧でね、碧は強くてカッコいいものだからね、ああして真似する子が出てきたのよ。もし強さにも影響がでるなら、彼女だけでなく、彼女達が全国にいける。そんな気がするの。これって凄い事じゃないです?」
藤平は「それって趣味の強要じゃないですか?」と言いかけたが、引っ込めた。しかしこの道場で強い面々は読書家としての顔もあったりして、鳥谷の持論に一理あるなと思ってしまった。現に一心高校柔道部の皆は同じように練習し続けている。
黒帯昇段試験も部員一同が合格で終え、ついにインターハイの予選が迫った。その折に愛琉納から相談があると呼び出された。悩んでいる様子はなさそうだが、鳥谷は校内の個室を構える事にした。
「先生、私、彼氏ができました」
時が止まった。しかし鳥谷碧は返事に迷うことはなかった。
「おお! いいじゃん! 今度先生にも紹介してくれよ! おめでとう!」
「え、部活の邪魔にならないのですか……」
「全然ならないよ! ただ約束はしないと」
「約束」
「柔道は柔道。勉強は勉強。恋愛は恋愛。納それぞれやることをちゃんとやること。恋愛しているから柔道が弱くなりました。テストはいつも赤点です。それじゃあ愛琉納の恋愛は偽物だって事になる。先生の言っている事はわかるよな?」
「はい! どれも全力でしたいと思っています!」
「それで相手はどんな人なの?」
「船橋育心道場の藤平さんです」
「はっ!?」
「あの、誤解しないで欲しいのですけど、私の方がすごく好きになってしまって。バツイチだと聞いているけど、独身だと聞いて。思いきりアタックし続けていると受け入れてくれて」
「そっか、じゃあそれは先生と愛琉納の秘密にしよう! というか、愛琉納ってそんなに攻める子だったのか……アタックし続けていたって……」
これは後日談となるが、藤平と愛琉納はこの6年後に入籍をすることとなる。
そしてこの内に秘めた悩みが解消されたからなのか、愛琉納もまた目を見張る活躍をみせるようになる。それは鳥谷の想像をはるかに超えるものでもあった。恋する乙女は強いものなのか――




