~第7幕~
市川高校の出稽古翌日、鳥谷が道場に入ると部員全員が練習を開始していた。渚に聞くと岡田をはじめ部員全員があのまま帰宅したらしいが、森田が碧による涙のお詫びを受け止めて車で岡田の家まで送迎し、直接会わせてくれたらしい。
岡田はあっけらかんとしていて、蟹挟みをされたことも記憶にないと言った。また乱取りでも同じ階級の碧を圧倒しており、碧がカッとくるのも無理ないだろうと笑っていたらしい。そして「新人戦で戦おう」と約束したとも。
「新人戦かぁ」
「先生! 私達も申請しましょうよ! ちゃんと5人もいるし! 大会の団体戦にも出場できますよ!」
「そうだね、先生の方で出来ることはやっておこう」
「そういや先生、今日は道着を着てないのですね?」
「ああ、今日はみんなに観て欲しいものがあってさ」
鳥谷が「そこまで! みんな、集合しろ!」と呼び掛けると部員一同が彼女の元に集まる。鳥谷はこれから部に座学をとり入れることを提案した。初回は試合ビデオの鑑賞だと言う。道場に設置してあるテレビで観ることを試みたが、その機材がうまく使えず場所を変えることにした。
「みんなには話してなかったけど、先生は日本代表になったこともある。五輪の代表には惜しくもなれなかったけどな……」
「先生、みんな知っていますって」
「渚がみんなに話していましたよ」
「えへへ~」
「そうか、でもあの階級戦の事は知らなかったと思う」
「えっ、先生まさか……」
「ああ、渚は知っているか。私が骨折した試合のビデオをみんなで観ようと思う」
これまで鳥谷が封印していた過去を柔道部の部員達に公開をすると言うのだ。それは彼女が彼女に課せた1つの覚悟だった。
柔道部の部員達は齧るように試合の映像を観ていた。黒森との試合も観た。
「あっ! この人ってこないだスポーツニュースでみたわ!」
「日本代表女子総合監督の黒森さんだよ。そりゃあ有名人よ」
「先生、あの黒森さんと試合していたのですね~」
「高校生の頃からライバルだったよ」
そしてついに鳥谷が骨折してしまう場面がくる。その場の空気は一気に静かなものとなる。暫くして碧が口を開く。
「先生、このビデオをみせた目的って何ですか?」
「おう、いい質問だね。何だと思う?」
「先生も黒森さんも探り合っていたけど、イイ動きをしていた。この試合の双方から学べることは沢山あると思いますが……」
「そりゃ考えすぎ。考えて欲しいのは “何で先生が受け身を失敗してしまったか”だよ。何でだと思う?」
「投げられて負けちゃいけないってプライド? プレッシャー?」
「五輪の日本代表がかかっているから?」
「極度の緊張があって、我を忘れる事?」
「ふふ、どれでも正解になるな。答えはそれぞれが持ってくれていい。ただ私がみんなに知って欲しいのは『負けたっていいよ』って事だよ。勝っても美しく、負けても美しくある事。それを理想にして欲しいし、常識にして欲しい。みんな、センスあるから。できるよ。こんな失敗はしないと信じている。じゃあ、道場に戻ろうか!」
「はい!!」
座学の後に部員達は練習を再開した。練習苦手な真琴も息を切らして尚も最後まで熱心に取り組むようになった。熱が入るのは妙子も嘉子も全員だ。
職員室に戻った鳥谷は高校柔道連盟に新人戦の申請を出した。
時刻は一心高校の下校時刻となった。廊下を歩いていると柔道部の面々が手を振って挨拶をしてくる。今この時間まで練習を懸命にしている部活は柔道部だけ。もしかしたら、そのもしかしたらが起きそうな予感が働き始めた――




