~第6幕~
市川高校柔道部は女子2年と3年からマネージャー含む6名の部員が道場へとやってきた。嘉子を除いた面々は素人同然だからなのか、いいように投げられて締められての練習台になっていた。しかし碧一人は目の色を変えて向かい続けていた。
「鳥谷先生、あの黒人の子は?」
「碧ですか?」
「先生と同じお名前なのかぁ」
「ええ、何かの偶然ですけど」
「いや、動きがいいなと思って。だけど、何か無鉄砲すぎるような感じもある。でも将来性で言えば凄い原石だなと感じます」
「ははは、そう言われると恥ずかしいですね」
森田と碧の話をしていた時の事だ。突然に道場が騒然とした。市川高校の部員一人が倒れて痙攣していた。森田が顔色を変えて「大丈夫か! 岡田! 岡田!」と声をかけ続ける。幸い岡田という女子は5分ほどしてゆっくり意識を戻した。
「何があったの?」
「岡田さんと碧ちゃんが組み合っていると碧ちゃんが蟹挟みを……」
「蟹挟み!?」
鳥谷は強く碧を睨み付けて彼女を強くぶった。
「何てことすんだ!! 相手に謝れ!!」
「え……あ……」
「相手に謝れって言っているだろうが!! 馬鹿野郎!!」
「すいません! 本当にすいません!」
碧は倒れたまま唖然としていたが、渚が碧に替わる形で森田と倒れた岡田へと深々と大声で謝り続けた。
意識を取り戻した岡田だったが、念の為に学校の保健室へ移動した。そこへは市川高校の森田と部員たちは勿論、鳥谷も同行した。渚に全部員道場に残るようにと伝えて――
保健室の廊下にて顧問同士で話し合った。
「森田先生、本当にすいません! 私の部の部員がとんでもない事を……」
「いえ、大事に至らなくて本当に良かった。私などから言わせれば、まだ幼い子たちです。岡田が受け身をしっかりしていなかったといえば、それも原因ですよ。でも敢えていうならですよ? あの服部っていう子は何様ですか? 相手を意識不明にさせておいて、ただボーっと立っているだけじゃないですか?」
「はい、本当に申し訳ございません……」
「いや、先生。だから本当に謝るべきなのは先生と同じ名を持ったあの子ですよ。それが出来ないなら、私も黙ってはいられない。然るべきところに訴えていく。しっかりした教育をお願いしますよ? 貴女が一柔道家であり、一教育者ならば。では我々はこれで失礼します」
森田と市川高校柔道部はこうして一心高校柔道部を去っていった――
鳥谷が道場に戻ると渚を中心に「先生! 岡田さんは大丈夫でしたか!?」と部員たちが彼女に寄ってきた。
「辞めろ。お前らなんか、辞めてしまえ」
「えっ!?」
「柔道を辞めろと言ってんだ! ここから出ていけ!」
「そんな、できないです! 私にはこれしかない!!」
「そうかよ? じゃあ服部に謝らせろ!! 服部!!」
隅の方で俯いていた碧の顏があがる。
「今すぐ市川高校の岡田益美さんに謝りに行け!! それが出来ないなら今すぐ退部届を書いてこい!! アンタに出来ないなら、ここの全員が今日限りだ!!」
ゆっくりと鳥谷が碧に近づく。
「どうなんだ!! ゴラァ!! 返事をしやがれ!!」
碧はすごむ鳥谷に胸座を掴まれて揺さぶられた。だんだん碧の顔は涙に濡れた。
「すいません……すいません! 今すぐ謝りに行きます! だから私から、私達から柔道を奪わないで! お願いします! お願いします!」
「じゃあ今すぐいけや!! はよいけぇ!!」
碧は鳥谷に奥襟を掴まれて、尻を叩かれて更衣室へ急いだ。それに他の部員も続く。彼女達は制服に着替えて道場を出て行った――
一人、道場に残った鳥谷碧。彼女は天井を見上げた。
この日、彼女は柔道家として教育者として自分が青二才である事を痛感した――




