~第3幕~
服部碧はブラジル人の父親と日本人の母親から生まれた黒人のハーフだった。父親のルーカスは建設業の仕事をしていたが、不慮の事故で命を亡くしてしまう。碧が10歳の時だ。彼女は父親を慕って、物心ついた時から父が趣味でしていたバスケットボールに夢中になった。その才能は中学時代に好成績をおさめるほど。一心高校へはスポーツ推薦で入学を果たす。
しかし彼女には問題があった。
碧はとても短気だったのだ。
その身体能力は特別高いものの、チームプレーとなると輪を乱してしまうのが目に付いて仕方なかった。
その出来事は彼女の高校デビュー戦で起きた。彼女はスタメンにて抜擢されるものの、相手高校からマークされてとくに目立ったプレーをすることができずにいた。そんな彼女がとった行動は試合に出ているメンバーへの指図だった。また自分にパスしろと大声で怒鳴ることもあり、見兼ねた監督教師は彼女を舞台から下げた。これに怒った碧は監督を殴り、そのまま会場から去ってしまう。彼女が去ってしまったのは試合会場からだけでない。学校からも――
彼女は単位取得ができていない為に、今なおも1学年のままだ。そして彼女が所属していた顧問であり、担任教師を務めていたのがルイーズ・アルトーだった。碧が部活動だけでなく、クラスの中でも孤立していたことを本当は心配していた。しかし、もうじき「退学」の判断をしなければならない時がきた。
そんな折に柔道部の旗揚げという知らせが舞い込んできたのだ。
最後のチャンスになればと思い、彼女はその想いで服部家を訪問した。
彼女の母親は医者らしく、またある意味で業界では著名な国際活動家としても名を馳せる存在だからか、立派な一軒家に家族と住んでいるようだ。
彼女の母は不在だったが、なんの偶然か碧は自宅にいた。
「何だよ? 今更何をしに来た?」
「オ話ガシタイノ。コレガ最後ニナルカモシレナイ」
「最後? じゃあ、話し終わったら二度と来るなよ」
ガムを噛んでいた碧はこれまでみたことがないぐらいに悪態をつく不良少女だ。肌を極端に露出させた派手な格好は目の当て処がない。
アルトーは学校退学の期限が迫っていることを彼女に告げた。これに対して、彼女は「あっそ」と返事を返すだけだ。しかし「柔道部旗揚げ」の話をすると、彼女の顔つきが少し変わった。
「そういや結構前になるけど、変なババァと会ったな」
「変ナババァ?」
「ああ、煙草を勧めてきた灰色の髪をしたオバさん。一心の教師になったらしいけど、私へ急に柔道やってみたらどうだって言ってきた」
「ソウ、妙ナ偶然ネ」
「ちょっと面白いかもって思ったりもしたよ……」
碧が急に照れだす。そして最後には「もう1回学校に通ってやってもいいかなと思ってもいるよ」と言いだした。気づけばテレビには柔道の映像が流れていた。
やはり彼女にも未練があったのだ。アルトーは傾聴することに徹した。
そしてその数週間後、碧は約1年振りに制服を来て学校に復帰する事となる。
案の定クラスの大半から避けられたが、一人だけ碧に寄ってくる女子がいた。
「柔道部に入るのだって?」
「え? ああ、誰から聞いたの?」
「アルトー先生から! 私も入るんだー。野崎っていうよ! よろしく!」
「そっか、ははは、変なとこじゃないといいな」
2人はその放課後、道場に入る。
道場で練習に励んでいる部員と顧問の鳥谷も2人の入室に反応した。
「こんにちは!」
部員一同が元気よく挨拶する。
「こ、こんにちは……」
真琴が弱弱しく挨拶した。碧は腕を組んだまま会釈だけする。そんな彼女へと鳥谷が近寄る。
「ははっ! 来たな! 入部すると聞いて楽しみにしていたよ! 2人の道着は準備しているよ! あその更衣室で着替えておいで! 渚、教えてあげて」
「はいっ!!」
渚の案内で碧と真琴は更衣室に向かい、道着に着替えた。
真琴は緊張しているからなのか、何なのか、好きなアニメと漫画の話をずっと渚と碧にしていた。勿論、渚も碧もそんな趣味はなく「ふうん」と聞いていたが、緊張する真琴の心中を理解するようにしてあげた。
道着に着替えた碧が道場に入る。
「よっし、碧、私と軽く組んでみるか!」
鳥谷は碧に元気よく声かけた。
2017年5月、一人の女子高生が「柔道」と出会い、また1つの物語が生まれる――




