~第2幕~
鳥谷と渚は放課後に柔道部のスカウトにまわった。鳥谷のクラスに実は黒帯で中学時代に好成績を収めていた女子がいた。彼女は部活動をしない方針だと言う。体格は女子では稀にみる体格で、鳥谷よりも大きい。
「私は1番になることなんてなかったし……入賞なんてちょっと頑張れば誰でもできる。そんなものでしょ?」
「そんな事ないぞ? 私や月村先生はそれこそ大舞台に行けたけど、そこですら臨めない子もたくさんいる。中学生で市大会の常連に入って終わりは勿体ないぞ」
「中学生最後の大会でした。私は調子が悪くて1回戦で負けたのですけど、道場の先輩達からは柔道を辞めて相撲を始めたらどうだ? と言われて。私の気持ち、わかりますか? そんな事を言われて続けたいなんて思う?」
「酷い……私はそんなことを言わない! 思うこともない!」
「アンタはそうでも、私が居た道場は違ったの! 今はそっとしといてよ!」
「嘉子ちゃん、それはどこの道場よ? どこでそんな事を言われたの?」
「思いだしたくもない! 聞かないでくださいよ! 私は帰る!」
「ソイツに謝らせてやろうって言うんだよ! ムカつくじゃねぇか!!」
「えっ?」
「私はいつでもマジだ。マネージャーの渚もマジだ。信じろ」
この数日後の日曜、安齋嘉子は地元の君津市へ鳥谷と共に帰省する。至極嫌な思い出が残る道場にも寄った。そこで鳥谷は道場の師範に詰め寄った。
「乙武、広田、その2人はもうここにはいないのですね?」
「はい、2人とももう大学生になって千葉にもいませんよ」
「じゃあ、その2人に安齋さんへ謝るように強く要請を出して貰えませんか?」
「そんな……彼らはもうここのメンバーでもないし、私にどうしろと言っても」
「礼の精神がなってないな。それで師範かよ?」
「なんですと?」
「一人の才能ある選手の心を傷つけたの! それがどんな事か分かるか! 傷を負ってやりたい事が出来なくなる人間の気持ちも考えろ!!」
涙を零しながらも鳥谷は吠えた。その真剣さには凄まじいものがあったのか、道場の師範は即座に深々と頭を下げて詫びた。その光景は圧巻であった。後日、乙武と広田という大学生から嘉子へ直接謝罪の電話があったとも言う――
この道場訪問の後は嘉子の実家の家庭訪問もする。6人姉弟の長女で、ケーキ屋の娘であった。柔道は仲の良い次男の影響を受けて始めたらしい。お菓子作りが趣味で、実はその方向性で夢があると語ってくれた。
「いいと思う。先生は味方。一緒に夢に向かって進もうな」
ここまでしてくれた鳥谷の言う事を無視することはできない。
翌週の月曜より、正式に嘉子は一心高校柔道部の一員となる。こうした草の根運動が次第に教職員の間でも話題を呼ぶようになる。その週の間に体育系部活で補欠メンバーとなっている生徒2人が担任教師からの推薦を受けて入部に至った。
海老原妙子、2年生のバスケ部部員。補欠で試合に出場した事がない部員だが、練習をしだしたら人何倍も真面目にやる。しかし波があるようで、遊びに夢中になって部活をさぼりだす事もときどきあるようだ。見た目も派手。熱しやすくて冷めやすいタイプと思える。バスケ部兼任でオファーをだしたところ、なかなかノリノリで承諾したらしい。月村が持つクラスの生徒でもある。57キロ以下級。
与那城愛琉納、2年生のサッカー部から。彼女も補欠メンバーだが、1年生の頃は中心のポジションを担う事もあったらしい。運動神経がよくスピードもある。しかし小柄で華奢な体つきと弱弱しくなる性格が相まって、2年生からは試合で短所が目立つようになり、補欠人員になった。柔道部に関しては「月1ならば」ということで同意を得る。スカウトしたのは彼女と同じクラスになった渚から。担任教師も渚のプッシュを後押しした。ちなみに地元が沖縄にある生徒であり、寮の部屋が嘉子と近い事が後々にわかる。48キロ以下級。
一週間後、野崎真琴という女子が入部する。地元市川の出身で部活動してない女子だったが、大柄で運動神経もある女子だ。しかし本人がいわゆるオタク趣味をしていて、クラスでも友達一人を作る事もできなかった。彼女をスカウトしたのはなんと担任教師のアルトーだった。70キロ以下級。
「ワタシハ母国ニイルトキ、柔道ヲシテイタノデス」
「そうだったの!?」
「ダイブ昔ノ話ダケドネ……」
「いや、でも嬉しいよ! アルトー先生! ありがとう!」
「イヤァ、大シタコトハ……アト、モウ一人声ヲカケテル」
「もう一人?」
「アオイ・ハットリ」
高校柔道部史上例をみない「市川女子一心高校柔道部」の歴史はいまこうして始まろうとしていた――




