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碧-aoi-  作者: いでっち51号
~服部碧~
10/20

PROLOGUE:服部碧

  挿絵(By みてみん)


市川女子一心高校――



 彼女が校門をくぐるのは彼女が学校を卒業して以来だ。



 グランドでは体育会系の部活動に励む生徒達が汗を流していた。



 歩いていると花壇の手入れをする老人がいた。



「お久しぶりです。室橋校長」



 すっかり歳をとった室橋は振りむくと「おぉ!」と言って喜んだ。




 鳥谷は室橋に案内されて校長室で彼と会談した。



 あれから30年以上も経って、女子高のまま学校は営まれているものの、現在では小規模でアットホームな風紀を持った学校を根ざしているようだ。



「我が校はそんなこともあって、教師陣が高齢なジジババでやっているよ。君のような若い先生が来れば、生徒達もきっと喜ぶだろう」

「私はもう40代ですよ。若くもありません。気持ちは別ですけど……」

「はっはっは! 気持ちこそ大事だよ! しかし、こうして君が我が校の教師となって還ってくるのは……何とも感慨深いなぁ。全国大会へ一緒に車に乗って、向かったのもイイ思い出だった」

「ええ、先生の運転は荒くて恐かった(笑)」

「こらこら、そんなこと言わない。それで君と言えば、柔道のスペシャリストといったところだと思う。そんな君に紹介したい子がいてね。君と縁があるだろう、その子は『柔道部』を1人で立ち上げようと奮起している」

「柔道部!」



 鳥谷は思わず目を輝かせた。熊本にいた時は卓球部や女子バスケ部、登山部などの自身の専門とは外れた部活動の顧問を担うことが多かったからだ。柔道部は強豪校でなければ、興味を持って貰うにもハードルがあがってしまう。一心高校柔道部は鳥谷の卒業後、みるみる勢力を落として廃部になったと耳にしたのだ。それがここにきて、また復興しようとしている。これが何の興味もなしにきいてられようか。



「その子は葛城渚、あの葛城花子の娘だよ」

「!?」



 久しぶりに聞くその名に驚きを隠さずにはいられない。



「はは、驚くのも無理はない。でもな、あの葛城も少年院を出て、うんと更生を果たしている。今は夫婦で共働きをしながら“病気を持った娘”を必死で護ろうと奮闘しているよ」

「病気?」

「ああ、話すと色々ややこしい話になるのだがね……」




 室橋からの話は受け入れるには実に重たいものであった。葛城渚は重度の病気を患い、身体を弱くしている女子だ。しかし、そんな彼女がどうしてか「柔道」というスポーツに強く興味を示していた。医者からは激しい運動は控えるように指示を受けているものの、部員が集まれば大会に出場したいと周囲に話しているようだ。



 鳥谷は彼女に会いたいと想ってはいた。しかし彼女に対して自分は何と言えば良いのかと考え込んでしまった。今日も彼女が校内にいるとは伺ったが、今日のところは遠慮することにした。




 その足で彼女は船橋育心道場を訪ねた。白木は道場の運営から降りたらしく、現在は家族と慎ましく暮しているらしい。応対してくれたのは白木の後を継いだ藤平という青年だ。鳥谷よりも一まわりは若い。



「お会いすることができて光栄です! 鳥谷先生!」

「いえ、もう畳からは離れて久しいですし、先生だなんて……」

「え? 学校の先生なのでしょう?」

「あ、そういう意味か」

「白木師範よりお話は伺っております。なるほど、謙虚な御方だと実際にお会いして実感しました。我が道場から輩出された日本代表強化選手は鳥谷先生を差し置いて他にいません。我が道場でも先生が活躍された時のビデオを座学の時間に放送しております」

「え、恥ずかしいなぁ……あの、私が脱臼したビデオも流しています?」

「まさか! 我が道場で唯一無二である英雄を傷つける真似なんかしませんよ! ビデオはありますけども……」

「そうですか、今日来させて頂いたのは……」



 鳥谷は夫の道鎮と自分が道場の活動支援をしたい想いがある事、現在の高校生柔道の事など(道場に通う子供の有無なども含む)を尋ねるなどして話を終えた。



 気がつけば夜遅くになっていた。鳥谷一家は道鎮が主夫となって育児と家事と家の事を回してくれている。熊本にいた時からそうだったが、千葉に戻っても、そんな日常のままなのかと溜息をついた。申し訳ない思いが全くない訳でない。



 自分の住むマンションが近づく。ふと、ガードレールに座って煙草を吹かしている女子高生が目に留まった。一心高校の制服だ。見た目が日本人のそれと違う黒人の女子高生だった。



「よぉ、そんなところで何をしているの?」

「あ?」

「一心高校の生徒さんだね?」

「お前、誰だよ? おばさん」

「一心高校の元生徒で新任教師だよ」

「あっそ、アタシが大嫌いな奴だな」

「そっか、ははは、なぁ、私も一緒に吸っていいかよ?」

「校則違反だろ? それでも教師か?」

「ここは学校じゃない。コレ、私のお気に入り。一本どうだよ?」



 黒人の女子は鳥谷から手渡された煙草を吸ってみた。



「悪くないな」

「ははは、いいだろ? 鳥谷碧っていうよ。アンタ、名前は?」

「名乗りたくない。学校にも行ってない」

「そっか、でも、私は待っているからな」

「行かないって言っているだろ!」

「一緒に柔道をしよう!」

「死ね!」



 鳥谷は「はっはっは!」と微笑んでみせて立ち去った。




 翌日、鳥谷は学校に赴き、学校職員へ挨拶した。



「碧さん!!」

「か、香澄?」



 教員の中には同じ一心高校出身で柔道部出身の月村香澄がいた。彼女は母校で国語の教師をしていた。しかし彼女を含む数名を除いては皆が高齢な面々だった。



「アットホームな雰囲気の学校ね……」



 資料をみながら、鳥谷はこっそり呟く。自身がこの春から担任を持つクラスと別の生徒たちのデータも眺めていた。ある女子生徒を探していたのである。



「へぇ~この子か。碧っていうのか。運命だな」



 服部碧。昨晩会った時とは違って、写真ではキリっとした生真面目な雰囲気をだしていた――



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