PROLOGUE:鳥谷碧
1986年の春、一人の柔道家が一人の女子校生と出会う。
千葉県市川市、首都東京に近いその街は政令指定都市・中核市でない街で全国有数の人口を誇る。バブル期に盛る街の賑わいも手伝い、様々な施設が建った。デパートに病院、そして学校も。
市川女子一心高校。
設立当初はエリート校を名乗る花園であったが、数年も経たず不良女子が集う高校となった。それは時代の流れだったのかもしれない――
女子高なのに他校男子高生だかヤクザのチンピラだかの男が校内に入ってくる事もあれば、教室に紫煙が蔓延してクラス崩壊が続くこともみられた。
放課後の部活動でもその治安の悪さは目立った。
運動場では先輩による後輩への「しごき」が連日行われていた。
理不尽な球拾い、理不尽な罰則に従った罰ゲームと言う名のサンドバッグ。
そしてそれは柔道部の道場でも行われていた――
「おら! もっと綺麗に1本投げさせろよ! 受け身がなってねぇよ!」
体格の大きな3年生が例のごとく「しごき」をおこなっていた。
投げられるのは1年生や2年生の道着を着た女子生徒だが、しごきを行うのは私服を着た先輩達だ。ここ数年で一心女子高校にも妙な伝統が生まれていた。
「やめなさい!!」
顧問の教師の怒声と共に一人の道着を着た婦人が入ってきた。彼女は八木真弓、日本女子柔道64Kg八段にして全国ベスト8に名を轟かせた柔道家である。形も何もなってもない乱暴な世界に狂う子供達が自分のことなんて知る由もないが……
「何だよ? ばばぁ? アンタ誰だ?」
「ばばぁだと言うな! この御方は柔道のプロ、八木先生だぞ!」
「室橋先生、彼女達に何を言っても分かる筈がありません」
八木は溜息をついた。しかしどうも肌に感じる熱視線が気になった。
「ごたごたセンコーがぬかしているんじゃねぇよ! おら! アンタら!! あのばばぁにかかれ!!」
「礼を知りなさい。柔道はチャンバラじゃない」
それは刹那という言葉にして強烈な瞬間だった。
八木は襲って来る暴徒を薙ぎ払ったのだ。それも軽々と――
あっという間に残るは私服姿のボス。彼女独りだけとなった。
「貴女は道着を着て此処に来なさい。それが道義というものでなくて?」
「う、うるせぇ! お、おぼえてやがれ!」
彼女は男の取り巻きを2人引き連れて逃げていった――
「さ、もう誰も私ととる子はいないの?」
八木は苦笑いをしながらも一点の瞳にその言葉を注いだ。
「う、うああああああああああああああああああああ!!」
一人の女子生徒が咆哮して八木に向かい続けた。
八木は彼女に応じる。何度も。何度も。道場に居た柔道部員はただそれを唖然と見ていた。
諦めずに向かい続ける女子、彼女の眼はぎらついて獣をみせていた。
「名前は?」
「鳥谷碧」
「そう、出会えてよかったわ。鳥谷さん」
その出会いは今思えばまさに運命だった――
∀・)スポ魂なろうフェス、僕から皆様に贈る物語はこちらになります。連載作品になりますが、何卒宜しくお願い申し上げます。