第十二話 最強皇女は敵国騎士と結ばれたい
二人が向かい合って会場の中央に立つと、他にも何組かがその場に立ち、他の者達はそれを静かに見守っていた。
「そのマスクだと口元も見えないね」
「その方がかっこいいと思ったから」
アデレードの黒い仮面は、目鼻を隠す黒い革製のハーフマスクに、口元を隠すように黒いベールをおろしたようになっている。ユリウスは白いハーフマスクなので口元は周りからも見える。
ユリウスにエスコートされつつ、ダンスのために二人は体を寄せた。そして、ゆっくりとした音楽が始まり、それに合わせてダンスを踊る。
「ユリウス、ありがとう」
「いや、上手くいかなかった。根回しは済ませたつもりだったんだが、すまない」
「ううん。この場を設けただけで、レオールのトップがディスタードと歩み寄ろうとしていること。そして、ディスタードの次期女帝がそれに応えようとしていることは伝わったはず。まだ時間がかかるだけ」
アデレードは躍りながら、隙をみてユリウスの服のポケットに赤い石を忍ばせた。
それにユリウスは気がついたようで、視線が一瞬揺らぎ周りを見渡すように動いた。
「ここからは別のことを答えて。口元を見られているから」
「……もう一度連合する国に呼び掛けてみるさ。もしかしたら分かってくれる国も現れるかもしれない」
「傀儡糸による各国要人の傀儡化が進んでいる。今回、反対の立場をとった国の多くにエニグマの手が及んでいて、ここにもいる」
「マリアの親戚筋も広いからね。彼女から呼び掛けてもらうのもありかもしれない」
「昨日一日ではここまでが限界だった。エニグマの目的や傀儡糸のルート、どこまで各国にどの程度浸透しているかは分からない」
「いや、あいつだって頼りになるんだ。意外とレオもやるから期待してくれ」
「あと『伝令』は盗聴できることがわかった。協会は敵ではないけど味方でもない。魔力には秘密があった」
「……そうか。ありがとう」
「魔力には単純な表の使い方と、少し工夫した使い方ができることがあるみたい。『伝令』は意図した相手にだけ連絡をとれて戦略性が高い。だから、各国で取り決め、今は『伝令』持ちの家系が全ての国にいる。その『伝令』に割り込んで盗聴することが一部の使い手にはできて、エニグマにその使い手がいる」
「じゃあ、レオとマリア、それにルーカスやクリスティーナも巻き込もう」
「だから今までは情報戦で奴らに負けていた。でも、これからはそれを逆手に取れる。あとでプレゼントの赤い石に魔力を流して。疑似的に『伝令』が使えて、そちらは盗聴されないから続きはそこで……」
ああ、こんな話をしたかった訳じゃなかったのに……。せっかくのダンスが……。ううん。さあ、あとはスーザンにも赤い石を渡せれば計画を進められる。
「……アディ」
「ん?」
「君と出会えたことに感謝している」
……え。
「俺はあの日、海岸で君に出会ったことは。それが誰かの陰謀だったり、仕組まれたことだったとしても。そんなことよりもずっと大きな運命で出会ったのだと思っている」
「……陰謀……運命」
「そう。時々思い出すんだ。あの時、あまりに出来すぎていたって。だってそうだろ?帝国皇女が記憶を失い、俺のすぐ目の前の海岸に流れ着くなんて。意図を感じる」
「……確かにあれは、先生……ウリエル司教が何か目的を持ってしたこと」
「そうか。でも、その彼にもたぶん分かっていなかったことがある」
「何?」
ダンスの音楽が終わりに差し掛かる。的確なユリウスのリードでアデレードはダンスを踊っていた。
「アディと俺の出会いは、アディも分かっていると思うけど、とても大切なことで嬉しいことだった」
「……ユリウス」
「出会いは人を変える。そして、それは誰にも計算なんて出来やしない。俺にとって君との出会いは衝撃で、すべての価値観を変えるぐらいのことだった。君との出会いがなければ、喜んで帝国との戦争に足を踏み入れていたから」
「……私もきっとそう」
「アディ、君のことが好きだ」
アデレードはびっくりしてユリウスの目をみた。周りの何人かは読唇術で気付いたのだろう。ざわざわと雑音が大きくなった気がした。
「責任ある俺達は軽々しくはなれない。だから今は約束する。必ずこの不安定な世界を変えること。堂々とアディの手を取れる未来をつかみとること」
「……うん。うん」
「任せてくれ」
アデレードはそれ以上声が出なかった。ただ、ゆっくり踊りながら、ユリウスの動きに身を任せ、抱き合っていた。暖かなユリウスの体温を感じながら。思っていた以上に自分が不安を感じていたことに、今更ながら理解した。今は感じる安心感がそれを再確認させてくれた。
……ユリウスと一緒になるために。そう、世界を変えよう。
第一節ここまでです。
次回第十三話 三人の幼馴染み