第十一話 世界会議は踊る
「それはどういうことですか?」
「我々は貴方の言に信用を置けないということです」
ユリウスが遠くに座っている。それでも彼が冷や汗を流しているのは分かった。この状況は、ユリウスにとって予定していた流れとは全く異なるもので、こうならないために準備をしてきたのだから。
世界会議は大きな円卓を囲む形で行われていた。円卓にはアデレードとユリウスが対面に座っている。ユリウスはこの世界会議の発起人として、そしてレオール王国公爵として議長という立場にある。その隣にレオール国王オーウェンと第一王子イーサンも座っていた。
アデレードとユリウス、二人の間には、左右にいくつかの周辺国や帝国属国の代表が並び座っていた。その内の中立国の王は、アデレードの演説を聞き終えると立ち上がった。そして、アデレードの話が信用できないと流れを壊してしまったのだった。
「貴国はその力を今まで振るい、多くのこの場にいる国々を下してきた。それが今さらその力を振るうつもりはないと言われて、それを信じることなど出来ようはずもない」
「先程も伝えた通り、今は時代が変わり状況も変わりました。多様性を考える時代に変わり、今までのようなやり方では未来は狭くなるばかりです。帝国と属国に対し、他の国々による連合という世界の二分は、そこに暮らす人々の為にはならず、ただ不安定化させて交易による生産性を下げるだけです。そう考えている私が、私の力を無為にふるうことはないと明言しているのです」
「それを今さら信じることなどできないと申し上げている」
ユリウスが口を挟む。
「こちらから全く聞く耳も持たないのでは話にならない。率直な意見交換は有益だが、近寄る姿勢すらないのでは意味をなさないでしょう。お互いに話を聞けないのなら、この場は有益とはならない」
別の国の代表が口を開く。
「いや、我々としてはレオール王国の真意も問いたい。本来、帝国に対して前面に立つべき貴国がなぜ帝国側に立ってものを言っているのか」
「そういうことではなく――」
……その後も議論は平行線をたどり、決着点を見出だせずに予定の時間を越えて終了した。中立国のほとんどが、もはや「中立」とは言えなくなっていた。
本当の敵……か。
ガイアの言うとおり、このままいけば長き休戦の先に世界大戦だろう。本当の敵とは誰か、そして何か。アデレードは休憩室の椅子に座って天井を眺めながら考えていた。
「アデレード様、大丈夫ですか?」
「ん。大丈夫。そろそろ着替えようか」
ケイトはドレスアップの準備を始める。テーブルに置かれた仮面を見つめた。
ユリウスとのダンスは最初の予定。そして……これが最後になるかもしれない。
生まれて初めて、アデレードは恐怖を感じた。皇女として手に入らないものなど無かった。だが、今まさに自分の好きなものが奪われようとしている。一つでも次の手を誤れば取り返しはつかない。
静かに深呼吸した。
大丈夫。準備は出来ていなくても、そのための計画はある。予言とは外させるものだ。
――仮面舞踏会の会場にアデレードが登場すると、すでに各国関係者が談笑を始めていた。アデレードの登場はファンファーレやライトアップがあったわけではないが、彼らの談笑を止めさせるのに十分だった。一瞬静かになり、すぐにざわざわと雑音が戻る。
帝国関係者としては、アデレードの他にエイデン侯爵、アーロン侯爵も参加しており、彼らは先に会場入りしていた。護衛としてウィリアム、ティア、カサンドラも仮面と正装に身を包んで側仕えしている。
さて……。
少し見渡すと、仮面を着けていても幾人かは誰なのか分かった。ユリウスの隣に護衛役のレオナルドとマリア、それに側にはオーウェンやイーサンもいた。少し壁際、目立たないように立っているのは、商会ギルド代表のスーザンと護衛の男。それにミニエーラ国王エルンストもいる。
……味方はこんなにいる。大丈夫。
アデレードはユリウスの立つテーブルに向けて歩き出した。視線が集まっているのを感じながら、それをはねのけるように迷い無く歩く。
「こんばんは。白騎士様」
ユリウスは白い軍服に白の仮面を着けていた。対してアデレードは黒のドレスに黒の仮面。
「こんばんは。黒姫殿」
ユリウスの綺麗な碧眼が仮面の後ろに控えていた。その表情ははっきりとは見えない。
……さあ、ここからが本番の第二幕!完璧に踊りきってみせる。