第十話 世界を変える理由
今日のアデレードはゆっくりと紅茶を飲んでいた。内乱鎮圧後のこの一ヶ月は国内の事後処理にほとんど休日などなかったので、今日のように予定が無い日は久しぶりだった。
「……ケイト、紅茶を入れるのが上手くなったね」
「あ、ありがとうございます!マチルダ様に何度か御教授頂いていて」
「なるほど、マチルダにもお礼を言っておかないと」
「それは喜ばれます!」
ただ、明日からは当分こんな時間は取れそうもない。ユリウスが奔走して準備をしてくれた国際会議が予定されているからだ。
そっと笑顔が漏れ出たので、それを見たケイトも嬉しそうにする。彼女はアデレードの笑顔の理由を知るよしもないが。
……まさかユリウスとの時間がほしいがために世界を変えようとしているなんて、それを知ったら誰もが驚くだろうな。
「明日の会場にはポータルで移動されるのですね」
「ええ。朝はいつも通りあなたに準備をお願いするから」
「承知しました」
中立国内の会場には、土竜のメンバーが入り込み内偵をさせている。そのままポータルを開いてもらい、私は会場入りする予定。昼からの会合には諸外国の代表が参加し、議題はレオール王国との休戦に関してだ。
「皆の準備は問題なく?」
「さきほどウィリアム様がいらっしゃいました。準備は終わったそうです」
「そう」
相変わらず父上は参加されず全部任せてもらえることとなった。普通は諸外国から文句も出そうだけど、今回は私の考えを皆聞きたいということだからちょうど良い。
「そういえば、明日はあなたもついてきてね」
「え?!」
「夜に舞踏会が予定されていて、ドレスアップしないといけないから」
「し、承知しました!」
「その中身を確認しておいて」
準備しておいた箱を指差した。
「……これは……」
「舞踏会はちょっと趣向を変えるのよ」
箱からケイトが仮面を取り出す。
今回の会合に向けて、多くの参加国にはすでに根回しが済んでいる。最終確認の意味合いが強く、結論はもう出ていた。
どちらかといえば、夜の仮面舞踏会の方がメインイベントと言っていい。お互いの立場に拘らず、ダンスを通じて話し合えるようにする。ダンスの相手としてユリウスが最初、その次に踊る相手も全て決まっていて、仮面はポーズでしかない。
ユリウスとダンスを踊れる、か。
部屋の入口の扉からノックの音が聞こえ、返事をケイトが返し開けると、そこにはウィリアムが立っていた。慌てた様子にアデレードは少し怪訝な顔を向ける。
「どうしたの?」
「アデレード殿下に来客で……」
「今日は休日で、明日には国際会議があるのは?」
「もちろん存じ上げていますが、少しの時間でもお会いされた方が良いかと。協会の教皇が来ています」
え?教皇?
「父上ではなく私に?」
「はい。如何いたしましょうか」
「分かりました。すぐに案内して――」
――部屋に着くとそこには灰色のベールを顔にかけ、白色のキャソックを着た教皇が座っていた。話には聞いていたが、ベールの口元や体型から女性と分かる。そして、その隣には先生、ウリエル司教も座っていた。
ウリエルの表情は、いつもと変わらない笑顔を浮かべていた。それはいつも以上に不気味だった。アデレードが座るとそのウリエルが最初の声を出す。
「アデレード様、お忙しいところ申し訳ありません。どうしても国際会議の前にお伝えしたいことがありましてお伺いいたしました。急なご対応ありがとうございます」
「……それでどういった御用向きでしょう」
「こちらは教皇ガイア――」
「貴方に『予言』を与えるために来たのです」
ウリエルが紹介し終えるより先に教皇ガイアは立ち上がってアデレードに向き直った。アデレードも自然と立ち上がる。
何?!声が出ない?!動けない!
アデレードは金縛りのように動けなくなっていた。
教皇のベールの下からのぞく口元は、少し微笑んでいるのが見えた。
「今、貴方が進む道の先にはユリウスはいない」
……え?
「その先に待っているのは……多くの死、それだけです。油断から本当の敵に足元をすくわれる」
……何を……。
頭痛がする。
「今一度、慎重に事を運びなさい。世界を変えるのでしょう?私はそれを楽しみにしているのです」
「……本当の敵とは……」
「……予言とは必ず外れるモノであるとだけ、付け足しておきましょう」
言うだけ言うと、呆気にとられるウリエルやその場の皆を置き……教皇ガイアは足早に部屋を後にした。
次回第十一話 世界会議は踊る