第九話 戦禍の火は静かに燻る
「ユリウス少尉!」
慌てたようすの部下がユリウスの執務室に飛び込んできたのは夕方過ぎだった。
「『伝令』があり、情報官によると帝国で内乱が鎮圧されたようです!ついに帝国第一皇女の力が明らかとなりました。本国からは緊急の軍議が要求されています。すぐに会議室へお願いします!」
会議室につくと、情報官からもたらされた帝国の最新情報が共有された。将校の何人かは冷や汗を流し、情報の分析に必死になっている。それは仕方のないことだった。分析が進むほど自分達の盤面が「詰んでいる」ことに気が付くからだ。
アディと戦争になったら俺達が取れる戦略は少ない。有効な一つは同時多発的な連携攻撃だ。彼女は一人しかいないため、彼女の現れた戦場を犠牲にして他の戦場で勝利を重ねる。だがそのためにはそれだけ「物量」を要する。しかし、そもそも彼女がいなくても帝国軍は王国軍に匹敵するため、レオール王国だけでこの作戦は取りようがない。
一方、属国の翻意はこれで望めなくなったといえる。一つの戦場をアディが滅ぼすのに半日しかかからない。これほどの力を見せられて負ける側につく者などいない。捨て駒としても意味をなさないほどの戦力差がある。
ユリウスは首を振った。
……暗殺。それも検討するだろう。戦争になる前にアディを亡きものとする。だが、黒騎士や土竜に守られている彼女に近付くのも容易ではない。万が一失敗すれば、虎の尾を踏みに行っただけということになる。
「……そろそろか」
「何が?」
隣に座るレオナルドがユリウスの独り言に反応した。一度レオナルドを見て、また会議室正面中央に置かれた地図に視線を戻した。
結局、帝国に下っていない全ての国の取る道は一つしかない。
「帝国に対抗するため、先程周辺国をまとめた連合軍の設立が立案されました!本国からの緊急連絡です!」
中立国も含めて……帝国の属国以外の国々は全てまとまり、「物量」を確保しておくしかない。アディの戦力が少しずつ明らかになる過程で、水面下で連合軍の構想はあった。だが、具体化しなかったのは国家間の調整が難しいからだった。そこに来て見せつけられた彼女の本気に話が進んだのだろう。
「世界が……帝国を共通の敵として纏まるしかなくなった」
ユリウスはレオナルドに向き直る。
「それでにらみ合いを続けるのか……」
帝国はアディを前に出し、他の国は連合を組んでお互いににらみ合い休戦を継続する。戦争が再び起これば世界大戦に発展する状況で、不安定なままお互いに憎しみだけ増幅し続ける。それを望むものなど……。
「だから俺たちがいる。いくぞ、レオ」
「……ああ、そういうことか」
部下の一人に言付けし会議室を二人で出ていくと、二頭の早馬を用意して乗り込む。
アディとの旅行はあんな中途半端なもので最後にはさせない――。
――夜通し走らせ黎明の頃、王都についた。城の衛兵に話を通し城にあがる。
「父上、兄上、朝早く失礼します」
レオール国王オーウェン、第一王子イーサンを呼び出し、レオナルドとともに城の会議室に集まった。宰相や将軍も同席している。
「ユリウス、どうした」
イーサンがまず口を開いた。オーウェンは静かに両手を胸の前で組んでユリウスの言葉を待っている。
「今後の対帝国戦略についてお伝えしたいことがあります」
「申してみよ」
「以前から私は、帝国皇女アデレードと面識を得ています。そして、彼女との手紙のやり取りを続け、お互いに歩み寄る道を模索してきました」
宰相と将軍はお互いに顔を見合わせ驚いていた。イーサンもアディ・ライアーをアデレードとして理解していたわけではなかったため、一瞬眉をひそめ、少し考えて理解したのか表情を戻した。
「あの帝国人の彼女。『変装』か……。そうだとしても、あれほどの力を見せられては、今までの関係から歩み寄りは難しくなった。それはユリウスも分かっているだろう」
イーサンは静かに諭すような声だった。それを受けてユリウスもゆっくりとした口調で答える。
「難しくなったのではなく、方向性が決まりやすくなっただけだと私は思っています」
「どういうことだ?」
「彼女の魔力は絶大で、それを脅威とみるなら連合で対抗するしかありません。しかし、彼女は私たちと同じ人間で、言葉が通じない化け物や神ではないのです。それなら全ての国が参加した会合を開き、彼女の真意を正せば良いとは思いませんか」
ユリウスはそう言うと立ち上がって続ける。
「彼女が俺達の敵でないなら、その方がずっと良いだろう。俺に任せてもらいたい。世界に彼女を知ってもらえるようにしたいんだ」
次回第十話 世界を変える理由