第五話 憎しみ
かつてレオール王国はディスタード帝国との戦争で多くの人が亡くなった。その中にはユリウスの恋人も含まれている……。
緊急召集によりレオール王国の軍の大会議室には、王国の主要な軍関係者がすでに着席していた。ユリウスは少し遅れて到着し、案内された席に座る。正面には将軍が座っていた。ここでのユリウスの立場は一介の将校にすぎない。
将軍の補佐官が説明をはじめた。それは、ディスタード帝国内部で一部の貴族が蜂起し、領軍をまとめて率いエイデン侯爵領に進軍を開始したという状況だった。
エイデン侯爵領には帝国の直轄領も近接しており、いつ軍の進行方向が帝国本体に向かってもおかしくはないという。
「……アディちゃんはどうするつもりなんだ?」
レオナルドが隣に座ると小さな声で訊いてきた。
「今回は裏方とはいかないかもな。彼女自身でけりをつけるつもりかもしれない。そうでないと時間が足りないだろう」
早期解決が絶対だ。そうでなければ、俺達がしてきたことが水の泡になりかねない。
将軍が立ち上がり口を開く。
「かつて我ら同胞の幾人かは、かの国に撃たれ倒れた。その後拮抗した結果として今は仮初めの平和の中にある。休戦は戦争のつけを片付けられた訳ではない。これは一つの契機になりえる。帝国がこの内乱で混乱し、その力を失うことがあれば――」
レオール王国とディスタード帝国は海を隔てて正面に位置している。ディスタード帝国の属国であるミニエーラ王国がレオール王国に川向かいで隣接しており、そこに駐屯する帝国軍とレオール王国は睨み合っている状態である。そのため、レオール側から積極的な動きは取りづらかった。
まあ、実際にはミニエーラの一部は今もレオール側だし、帝国も一枚岩ではないから、そう単純な状況ではない……。だからこそ、ほいほい旅行に行けたわけだからな。
考えてみればあの旅行はとんでもないものだった。ディスタード、レオール、ミニエーラの権力者が同じ温泉を楽しむなんてことは。
「我が軍の主要部隊は、次に示す位置に移動配備する。その後、帝国内動向を考慮し必要な行動を取るものとする」
ユリウスとレオナルドの部隊は継続して現在の軍港駐屯とされた。だが、それはつまり戦争となれば真っ先に帝国へ攻めいる位置ということになる。
「陛下とは話は出来ているのか?アディちゃんのこと」
「この前の一件で、父上には彼女との関係を一通り話してある」
「それで何か言っていたか?」
「……多少驚いてはいたが、その前にアディと直接相対していたから、父上も何となく彼女の人となりに理解は進んだようだった。立場の違いはあるが、嫌う人物ではないという感じだった」
「今回の件がなければ、もう少し歩みよりも近かったのかもしれないな」
「……そうだな。アディは、ミニエーラの王とも近い位置で面識を得られている。二つの国に変な誤解はされにくい状況だとは思いたいが、今回の動きは少し早計な部分もあるから……」
ユリウス個人として最近は少しずつ歩み寄りの気配も感じていたのだが、今この場においてはかつての憎しみだけが漂っていると思った――。
――城下町にある王族用のタウンハウスに戻ると、マリアがお茶を用意してくれた。レオナルドが共にいたため、その後も応接間にマリアは居座っていた。
……メイドの立場じゃないな。たぶん今は。
「アディは早期解決しかないがその方法はたぶん一つだ」
「……敵を集めて『平伏』で一掃するわけですね」
「おそらくは今回の内乱を起こした貴族たちはすぐに降伏することになる。だが……」
「あの光景を見せられた周辺国、レオールとしてどういう動きになるかってことか」
三人は旅先でアデレードの魔力を目の当たりにしていた。それは簡単に盗賊たちや傭兵を町ごと制圧してみせた。マリアや戦乙女は平伏されていなかったが、彼女が外してくれていただけだろうことは明らかだった。
「この国と帝国の間には未だに憎しみがこびりついているんだ。そこにきて恐怖の存在が敵にいることを知れば、不安が憎しみを助長するだろう。その先にあるのは」
「戦争……か」
最も避けるべき世界の姿が間近に迫ることになる。おそらくはアディもそれは分かっている。だから、たぶんそろそろ……。
「アディさんから手紙などはございましたか?」
「まだだが、たぶん何かしら俺達に接触してくるはずだ」
ここから先、一つの間違いが多くの命を左右することになりそうだな……。
次回第六話 白猫王女は仕事をする




