第四話 午前の講義
「――では、アデレードが?」
「そのようですね」
ガイウスはウリエルから簡単な現状を教えられ、腕を組んで唸った。
「作戦は分かりましたが、そう簡単に誘いに乗るのでしょうか?帝国の領主たちは一度彼女の力を目の当たりにしているはずです。当然警戒するのでは?」
「そうですね。例の御茶会は皆知るところです。ですが、その後の彼女が表舞台に立つことはなく、鳴りを潜めていた。今回の反乱を誘引したのはあくまでもエイデン殿ということになっているので、まさかアデレード様が戦場に現れるとは思っていないかもしれないのです」
地図の上にチェスの駒を配置して状況を整理しながら、二人でアデレードの立てた作戦を見ていた。
「つまり、反乱した諸侯は皆エイデン侯にヘイトを向けていると?」
「そうですね。アデレード様は自らではなく扇動役としてタカ派筆頭であるエイデン殿を使ったのです」
ガイウスはしばらく考えを口にしながら整理する。
「…ハト派では脅威に感じない。いつもの政権抗争で口や筆で解決が望める。だが、同じタカ派でしかも筆頭貴族が自分達に不利な告発を準備していると知れば」
「そうですね。相手方のグループからの告発ならいつものことですから、言いくるめることもしらばっくれたりも出来るでしょう」
「軍を動かし混乱させ……。事実今回の反乱規模は国軍に匹敵する規模に膨らんでしまっている。帝国が負けなくても、内乱が長引けば他国の介入もありえますね。それは帝国としてさけたいはずだから、内乱準備までで、あとはエイデン侯を引きずり下ろす方向に彼らはシフトしたいということでしょうか」
「その通りです。元来、軍の使い方としては見せびらかして政治的に優位に立つことです。振るうのは最終手段ですし、落とし処を要します。それにコストが見合わないことの方が多い。まさに今回のケースはそれです」
カップを口に運んで中の紅茶を飲むと、ガイウスは続けた。
「エイデン侯がメインで出て来て、それを撃つ状況に。あとは集めてしまえばいい。普通はそこから拮抗して長引き、それを嫌って帝国は交渉に入るしかなくなるはず。そう彼らは狙って動く。だがまさか、全部彼女の手の内とは知らずに……」
「ええ、一ヶ所に集められた軍勢など、彼女の前ではむしろ無力な存在ですから。それに全滅しなくても絶望させるには十分でしょう」
「黒騎士の盾も、土竜の爪も、国軍の槍も構えた最高戦力が相手と知る絶望。可愛そうになりますね……」
「こんなに早くアデレード様が出てくることは彼らの想定にはないでしょうから。いや、仮に想定したなら余計に絶望するでしょう。手の打ちようがない、と」
すっとウリエルは立ち上がると、少し歩いてテーブルの前に立つ。そして、補足する。
「ただ、こんなに早く軍をおこすことは、アデレード様にとって想定外だったのではないかと思います。彼女は別の用事を切り上げて帰ってきていました。それに戦争が最終手段であることを知っています」
「この計画は想定外だったということですか?」
「計画の一つではあったと思いますが、ベストな計画ではないということです。万全を期すなら相手が纏まった軍をおこすのを待つより、告発をさせて国軍を各所に回した方が解決として隙がないですから。確かに反乱軍をまとめてねじ伏せるやり方はそれなりのパフォーマンスになります。が、目立ちすぎです。必要以上にアデレード様に脅威を感じるリスクがあります」
「……アデレードにも想定外があるなら、まだ人の子ということでしょうか」
「ふ……。そうですね」
彼女の想定外だったのは、告発準備を悟られたことであり、それを知らせた者がいたことと、エイデンなきタカ派貴族達を取り纏める存在がいたこと。本来纏まりなどない貴族達をまとめる存在。アデレードがそれに気付けなければ、今後彼女が負ける可能性が出てくる。
「さて、今日の講義はこのあたりにしておきましょう」
――協会に戻るとウリエルを待っている者がいた。相変わらず物で溢れた部屋のソファーに、一人、女が座っていた。灰色のベールが顔を隠している。金の刺繍をあしらった白色のキャソックを着る女……教皇ガイアだ。
「……いらしていたのですか」
「お前はこれからどうする?」
びっくりして彼女の顔を見る。今まで問いかけられたことなどなかった。
「……『予言者』たるあなた様にも分からないことがあるのですか」
「わたしに分かるのは流れだけであり、常に移り行く人の心は流れも変わり行く。わたしの『力』など大したことはない」
何が大したことがないのか。
沈黙するしかないウリエルに、ガイアは立ち上がる。
「彼に助力する未来と彼女に助力する未来。いずれもお前の希望とはならない」
「それは『予言』ですか」
「そうだとしてどうする」
「……あなた様こそ、私に何をさせたいのですか」
少し荒い口調になってしまっていたので、ウリエルは呼吸を整えるよう心がけた。それを知ってか少し口元が緩むのがベール越しに見える。
「お前に望むのは昔から変わらない。お前の望む"正しい革命"とやらを待っているのだ。そろそろこの世界には飽きてきた」
「では、あなた様のお力をお貸しください」
「人の身でわたしに望むのか?」
背筋に凍るほどの冷たい何かがそっと通り過ぎるのを感じた。
「申し訳ございません。今の言葉は忘れてください」
ガイアは窓辺に歩み寄って外を見た。
「それで、どうする」
「……時を待ちます。時と場合によっては彼女と利害が一致することがあるでしょう。そのときは彼女の納得を得て残りの契約を進めます」
満足のいく回答だったのか、ガイアはウリエルに向き直ると頷いた。そして、何も言わずポータルを開くとその中に消えていった。
どっと疲れが押し寄せ、深く空気を肺に取り込み吐き出した。
今は動くなということか。
次回第五話 憎しみ




