第七話 暴走騎士の空回り
アディは困惑していた。
ユリウスに引っ張られアディは雑貨屋に買い物に来ていた。その店には様々な品が並べられていて、品ぞろえの良さやそのほとんどが高級品であることはすぐに気が付いた。賑わっている街の商店の中でも指折りのお店だろうことは初めて入ったアディにも分かった。
「旅用品で気に入るのがあれば教えてくれ」
「えっと……」
朝食をとっている時にアディは今後について相談することにした。そして、アディの考えを伝えると、今日は休みだというユリウスから「君の手掛かりを確認しにいこう」と突然言われ、ここに連れてこられていた。
「何でここに?」
「何って、君はなにも持ってないだろ。君が移動の際に使う道具とかだな」
いや、そんなきれいな笑顔を向けないで。
薄い水色のワイシャツを少し着崩すユリウスの胸元は、漂わせる色気が凶器のようだった。
「…仕事を探すのを手伝ってほしいって私は言ったよね」
家族が現れるまでか記憶が戻るまで、自立する必要があるとアディは思った。そのためにお金が必要であることは間違いなく、そのためには仕事をする必要があると考えた。自分にできる仕事があるかどうかはわからなかったし、記憶喪失前にどういった立場だったのかすらわかっていなかったが、自分の生きるためのお金は自分で稼ぐべきだと思ったからだった。
「…仕事、といっても、記憶が戻れば元の仕事も思い出せるだろ?とにかく、せっかく手掛かりが残っているのだから、このペンダントについて探るのが良いだろう」
そうなの?
咳払いをしたユリウスは商品棚に向き直ると、水筒を手に取りアディに見せてきた。
「俺が連れていくから」
「は?」
満面の笑みがそこにあった。
「えっと、どこに?」
「ミニエーラの鉱石街だよ。この石がとれて加工場もある街だ。君のペンダントは間違いなくそこで作られたものだし、一点物だと思っている。そこに行けば君を知っている人を見つけられると思っている。だから俺が君を連れて行くよ」
いやいや!
「なんでユリウスも来るの?!軍の仕事は?」
「大丈夫だ」
何が?
次々と旅用品らしきものを選んで籠に入れるユリウスの横顔を見ながら、アディは困惑するしかなかった。
* * *
呆気にとられているアディを尻目に、ユリウスはいろいろな店を梯子しながら彼女との旅に必要そうなものを揃えていった。それこそ衣服も含めて彼女はなにも持っていないのだ。せっかくだから他にも必要そうなものを買うことにする。
次第にかけられていくコストの肥大に、アディが慌て始めたのに気づいたユリウスは、余計に楽しくなってしまった。そして、当初の目的も忘れはじめていた。
そういえば…あいつもプレゼントに少し高いものを用意したらこんな顔をしていたな。
はじめは荷物持ちの使用人たちの視線が気になっていたが、途中からユリウスにとって些細なことになっていた。馬車の中には、あっという間に必要以上の品が積み込まれていた。
「こんなに買い物を一度にしたのは今までなかったな」
試着し調整してそのまま購入した、ベージュと白の乗馬服を着るアディをみて、ユリウスは満足そうに笑った。アディの呆気にとられた瞳は、相変わらずきれいな漆黒を見せてくれていた。ただ、その表情が曇り、少し自分をにらみつけていることに気が付いた。
「…どうした?」
「どうした?…じゃない!」
あれ?
「あなた……気持ち悪い!」
ユリウスは馬車に乗り込む足を止めて、そのまま固まって動かなくなっていた。視界の端で使用人の一人が頭を抱えるのが見えた。
次回第八話 失った記憶を探しに行こう