第三十一話 Day2…温泉街への道
黒い潤んだ瞳がユリウスの目の前に。抱き締めた体から柔らかな暖かさが伝わり、甘い吐息が顔にかかる。蠱惑的な香りにユリウスの体がこわばる…。
「……はあ」
そんな夢を見て慌てて起きた。
俺は…。思春期の子供か…!
ホテルのベッドで横になったまま、右手を額に当てると先ほどの夢の中の熱が残っているようにほてっていた。体を起こし周りを見渡す。シングルベッドに簡素なテーブルが壁際に。窓から風が入り込んでいた。窓を開けたまま眠ってしまっていた。
昨日は帰ってきて体を洗った後、気が付いたらベッドの中で今のこの時に至っていた。思ったより疲れていたようだった。当然といえば当然だがアデレードとは別の部屋に泊まっていた。
結局、プレゼントを渡すタイミングを逸したな。まあまだ六日間あるからどこかでは渡せるか。
青いケースに入れているプレゼントを思い出しつつ、ベッドから出て水をコップに入れて飲む。
「約束した時間か。寝坊しなくてよかった」
時計を見ながら独り言を言って着替える。最後に腰のベルトとサーベルをさすと、荷物を片付けて部屋を出た。ちょうど、出たときにアデレードも隣の部屋から出てくるところだった。
「アディ、おはよう」
「おはよう。ユリウス」
白めの花柄のワンピースを着たアデレードの笑顔は相変わらずの可愛らしさと美しさで、一瞬戸惑った。
「……よし。じゃあ、出かけようか」
「そうだね」
――ホテルのチェックアウトと馬車の準備を進め、二人で御者台に乗り込むと今度はアデレードが馬の手綱を取った。彼女の希望で馬を扱いたいということだった。
「乗馬の経験もあるんだな」
「そう、貴族のたしなみとして。普通は男の貴族のすることも勉強しているよ。ダンス、乗馬、剣術、砲術、狩猟、経済学や文学。ほかにも大体のことは一通りね」
皇帝の英才教育は隙がないらしく。アデレードの強さはやはり単純な魔力という生来の素質だけではなく、相応の努力や援助のたまものらしいことがわかった。
アデレードが今まで多くの時間を帝王学に費やしてきたこと。彼女はリーダーとして必要な素養を徹底的に叩き込まれていたのだろうこと。それをユリウスは理解した。
「何が特に得意とかあるのか?好きなこととか」
「……狩猟はそんなに好きじゃなかったかな。狩猟祭とかで見ていても思ったけど、やっぱり動物を無為に殺すのは好きじゃない。必要な狩りはしょうがないとは思うけど、あれって娯楽の要素が強かった気がするから」
「なるほど」
「ちょっと可哀そうかなと。それ以外は特に嫌いなことはないけど好きって程でもないかな」
アディは優秀なんだろう。特異も不得意もなくまんべんなく「できる」。だから、好きも嫌いもないんだろう。
「あ、でも、一度ユリウスとはダンスを踊ってみたい!」
「それはいいな」
「なんか、ユリウスといると色々やってみたいこととか、行ってみたいところが浮かぶんだよ」
「そ、そうか……」
急にユリウスはあることに気がついた。
そういえば、どういうシチュエーションでプレゼントは渡すべきなんだ?こういう場でぱっと渡すべきか、それともある程度場を整えた方が良いのか。
今回、ツアーはアデレードのコーディネートによる。つまり、ユリウスは細かなホテルの予約先を知らないし、旅程が順調かどうかも知らない。それは不味い気がした。
「あ、アディ」
「何?」
「任せきりにしてしまってすまない。これからの予定を確認しても良いかな」
「ああ。そうだったね、つい」
――アデレードによる説明では、このまま今日中に目的の温泉街であるサルトニーにあるホテルに行くということだった。
サルトニーは温泉が噴出していて、見所となるのは間欠泉と山桜の群生地。それぞれは翌日に歩いて回る予定で考えていたらしい。その日はそのまま泊まり、次の日にブローサーを経由する帰路につく。
「今日の昼食は途中でランチボックスで済ませる感じだね?」
「そう、ホテルで用意しておいてもらったから、途中に適当な場所を見つけて、天気が変わらなければ外で食べたい」
「地図を見てみよう」
荷台のケースから地図を取り出した。
「……ちょうど昼頃にここに着くかな」
地図に指を指すと横目でアデレードは確認する。
「ここには何があるの?」
「この辺はだいたいはこういうただの荒れ地が広がっているんだが、数ヶ所、オアシスみたいに湧水が出る場所がある。そこは旅人の中継地としてちょっとした出店や、小さな集落みたいになっているんだ。要は宿場町だな」
「なるほど」
馬車道を進む。もう少ししたらその宿場町が見えてくるはずだ。
次回第三十二話 Day2…旅の交差点