第二十九話 Day1…最初の町へ
白いふわふわした毛並みを撫でると、その可愛い生き物は目を細めて尻尾を振った。
「……エリー?」
顔を近づける。全く魔力を感じない。それにお腹を見ると彼女には無いものが付いていた。
オス……。エリーの変身じゃないね。
「ホワイトフォックスの子供だな」
馬車を走らせていたところ、道のそばにちょこんと座っていた。全く逃げることがなく、好奇心の方が勝っていたのか。そばに寄れば彼の方から近付いてきた。
「親狐は?」
ユリウスと周りを見渡したが他には何もいない。
「……迷子かな」
「かもしれないな。さて、どうするか」
そろそろ暗くなる。ここで一旦テントをはるか、予定通り町に向かうか。問題は町のホテルを予約をしていることと旅程にそこまで余裕がないこと。
「よし!アディは少しここで待っていてくれ」
「え?どうするの?」
「少しこの森の中に入ってみる。この子の親を探す。それからホテルに向かおう。間に合わせるさ」
ひょいっと白狐を持ち上げると抱き抱え、ユリウスは走り出した。あっという間に森の闇に消えてしまう。
「あ!……また一人で動くんだから……」
少し膨れつつアデレードは馬車に戻った。馬車を引く馬にブラシをかける。馬を撫でると気持ち良さそうにいなないた。
「ふふ」
夕暮れから太陽が隠れると、夕闇が素早く包んでいった。空を眺めつつ馬を撫でていると、後方から別の馬車が走ってくるのが見える。少し顔を引き締めた。
馬車は横を通りすぎた。御者は笠を被っていて顔は見えず、荷物が多く商人のようだった。会釈もなく通りすぎた馬車と共に、夕闇が夜を連れて星空に変わる。
「……晴れて良かった」
「そうだな」
ドキリとして後ろを振り返るとユリウスが立っていた。その手に白狐はいない。
「大丈夫だった?」
「ああ。大人のホワイトフォックスを見つけたら、彼は自分で飛び降りてかけていったよ。たぶんあれが親狐だったんだと思う」
「そっか、良かった」
もう少しゆっくりできる時間があれば、あのフワフワを堪能してから親元に返したかった。と、アデレードは思いつつ…。
「また勝手に走り出したよね?」
「すまない、返事を待たなかったな…」
「まあ、もう良いけどね。じゃあ、早く町に向かいましょう」
――ブローサーという町は「街」と言いきれない大きさで、一目で農産物が主な産業だと分かった。中心に流れる川が町を二つに隔てている。
ホテルというより少し大きな家に着き、扉を開いてロビーの受付に立ち寄る。
「こんばんは。ご予約の方ですか?」
「はい。アディ・ライアーです」
ドナルドを介して予約を済ませているはずだった。
「……はい、承っております。あの、お連れ様は?」
「先にそとの馬車を繋ぐところを案内頂けますか?」
「あ、失礼しました――」
外で馬車馬と共に待っていたユリウスと、ホテルの裏手にある停留所に向かい、その後荷物を部屋におろすと夕食のために町に出た。ホテルで聞いた料理屋に向かう。
「――この町はブドウとワインだな」
「……ミニエーラはそれぞれの都市で名物を作っているってこと?」
「ああ。温泉、鉱山、農作物…。特徴立てて領地を活性化させる政策を多くとっている」
ホテルで紹介された料理屋に入ると奥のテーブルに案内された。それなりに客がいて賑わっていた。一通り注文し、到着したお互いのグラスを重ねた。ガラスの軽い音がする。
「……美味しい」
「旅人が多いのは物流のハブにもなっているからか……」
「ユリウス、また聞き耳たててる?」
「ん?ああ、すまない。つい癖で」
「今は休暇中。気にせず楽しもうよ」
「そうだな…。確かに旨いな」
ユリウスはワインを。アデレードはその原料のジュースを飲んでいた。料理も運ばれてきて、二人でその料理のことや走ってきた景色、他愛ない話で笑いあった。
「――じゃあ、学園に通っていたときはそんなに荒れてたの?ユリウスが?」
「まあ、な。レオといろいろバカをやったりしていた。イーサンとの仲が怪しくなったのと、そもそも王になりたいわけでもないのに、兄を差し置いて俺に近付く連中に嫌気がさしていたんだ」
「レオナルドさんも公爵家の跡取りでしょうに」
「あいつも同じような理由だな。領地運営とかいうタイプじゃなかったから。クリスティーナの方が優秀だったことも理由だとは思う」
「……そんな時にリリーさんと?」
ユリウスはピタリと食事の手を止めた。少し気まずい雰囲気を感じたが、アデレードはこの旅の早めに聞いておきたかったことだった。
次回第三十話 Day1…二人で