第六話 ユリウス暴走のきっかけ
「あの。申し訳ないよ」
アディは目の前の何度目かの夕食を見ながら、ついにユリウスにそう言った。困惑と申し訳なさから、肩身を文字通り小さくしていた。
「なぜ?」
「なぜって…。私の捜索願いやら、いろいろ対応してもらって。そのうえ、ずっとここに置いて食事までくれて」
保護してくれる施設かなにかに家族が見つかるまで入れられる。そうアディは何となく思っていた。しかし今、ユリウスの邸で衣食住を提供されていた。あれから一週間になる。
「別に悪いことをしている訳じゃないだろ」
ユリウスはそういうと、大きなステーキを切って口に運んだ。
「まあ、ありがたいんだけど」
すごくきれいに食べるなー。
アディは、静かに消えていくユリウスのステーキをぼんやり眺めていた。
「何か思い出したか?」
「うーん。相変わらず、思い出そうとするとすごい頭痛がするから……」
そうか、とユリウスはビールに手を伸ばす。
「これだけ待っても家族が現れないってことは、もしかしたら旅人とか、一人でここに来たとか」
役場での捜索願いやホテルの宿泊記録など、ユリウスは一通り調べてくれていた。
「あとは…。あり得ないかもしれないが船から落ちて流れ着いたとか、か」
「そんなの生きてたどり着くもの?」
「まあ普通無理だと思うが。奇跡的に」
ユリウスは胸ポケットからペンダントを取り出した。
「唯一の手掛かりになったな」
「それ……」
私が持っていたペンダント。
「こいつは珍しい石でミニエーラ王国産だ。さらに、そこでしかない方法で加工されている」
「ミニエーラ王国ってどこにあるの?」
「この国の隣にある国だよ。今は帝国に落とされた属国で、レオール王国との交易は停戦後に復活している。馬があれば数日でミニエーラ王国の鉱山に着ける。この石がとれるという鉱石街だな」
ユリウスはペンダントを弄りながら、思い出すように時折上を見たりしながら答えた。その度に、金髪が蝋燭の光できれいに揺れて長いまつげがよく動いた。
無駄にカッコいいのも考えものね。
アディはそっとステーキに目を移した。
「そこにいけば何か手掛かりがあるのかな」
「…ま、良い機会なのかもな。あいつの言うように」
「あいつって?」
なんでもないと言ってユリウスは笑った。それをみて少し胸が跳ねた気がした。
無駄にカッコいいのも考えものね…。
* * *
遠慮がちなアディを言いくるめて客間に押し込むと、ユリウスは執務室の椅子に座り、横の窓から夜の海岸の方を見ていた。ここからは波音しか聞こえない。今日は月が出ていないのか、外は暗く静かだ。
横に立つ家令の方に視線を戻した。
「坊っちゃん。彼女は自殺を図っていた可能性もあるわけですね」
「ああ」
荷物が不自然に何もなかった。状況から入水自殺を図っていたと考えた方がしっくりくる。遺書はなく、あの強い眼差しは自殺をする人間のものではないと感じたが。
奇跡的な事故等からの生還の可能性もなくはないのだが、たとえば船から落ちたならその船から捜索願いが出ていないとおかしい。
記憶を失ったことがアディの望みだったのかもしれない、か。
彼女を放っておくことは再びその道に引き返させてしまうような気がして、ユリウスにはとてもできなかった。
顔は彼女とはやはり違う。でも、しゃべり方とか雰囲気が似ている。何より、あの瞳。
一週間生活して彼女が嘘をついてはいないと思っていた。そして、自分の置かれている立場を記憶を失いながら理解し、前を向いてきちんと受け止めてようとしていると思った。
あれは……あの強さは彼女とそっくりだ。
「似ているとお思いなのですね。私もそう思っていました」
「爺…」
「呼び方が昔に戻っておられますな」
ぱっと、ユリウスは口元に手をあてる。すこし頬に熱を感じた。
「いや」
「坊っちゃんの想うようにするべきです。悪いことなどありません。人の心とは元来我が儘なのです。その我が儘が不幸なものでないなら、悪いことではないのですよ」
ユリウスは再び窓の方に目を向けた。
「彼女を放ってもしあの瞳の光を失うようなことがあれば…。俺は我慢ならない」
素直な言葉だった。
「皆には迷惑をかけることになるかもしれないが、俺は……」
「たまには良いのではないですか?レオナルド殿や上官殿も、貴方の我が儘を聞きたいと思って下さっていますよ」
爺に目を向けるとそこに笑顔があった。
次回第七話 暴走騎士の空回り