第二十六話 アデレードの真の目的
黒騎士ウィリアム・イグニートは厳格な男だ。代々皇族に仕え、弟は土竜の隊長に抜擢されるような家に生まれた。その生涯は常に皇族のために生きてきたのだ。
だが、この仕事は本当に黒騎士としての仕事なのか首を傾げたくなっていた。もっとも自分で選んで動いているので文句を言える立場ではないが。
「付いてくる必要はないのだけれど」
「いえ、こればかりは承服できません。せめて私だけでも同行させていただきたく。何卒、何卒お願い申し上げます!」
「……分かりました」
何度か頭を下げ、嫌々ながらもアデレードにようやく了承をうけた。
アデレードは敵であるはずのレオールの騎士、ユリウス公爵と一緒に旅行に行くという。ウィリアムはその事実に未だについていけていなかったが、とにかく護衛もなくバカンスに皇族が出掛けるなどありえない。
土竜のメンバーも本国に帰還させるというのだから、もはや自分しかいないのだ。
いや、バカンスに特殊部隊をつれていくほうが可笑しいのか?黒騎士を連れだって敵国騎士とバカンス行くのは「あり」なのか……?
もはや訳がわからなかった。だが、皇族の求めに答えぬ訳にはいかないので、ウィリアムは地図や馬車など必要なものの確保に動くこととした――。
「で、ここにきたのか。あんたも大変だな……」
奴隷商のドナルドは呆れた顔で話を聞くと、物品リストに目を通した。
「用意できそうか?」
「こちとら商人だぞ。もちろん問題はない。ただ、うちの商品で勝手に事故ってこちらのせいにはしないでくれよ」
「……分かっている」
ドナルドに調達を任せるとホテルの一室に向かった。まだ彼らは本国に帰還していないはずだった。部屋に入ると殆どの荷物がポータルの先に持ち出され、残りの掃除をしているところだった。
「…ウィリアム殿、どうされましたか?」
カサンドラが声をかけてくれた。他は黙々と作業を続けている。
「忙しいところすまない。一応確認だが、陛下には本件報告はあがっているのだろうか?誰か報告しているか?」
「ええ。ティアが先に戻って報告済みですよ」
「それで、陛下はなんと?」
「え?いえ、特になにも」
なんだと?
「なにも?」
「ええ、なにも仰っていなかったと聞いています」
周りを見渡すが、土竜の面々は特に何事もないように仕事を続けていた。
これは普通のことなのだろうか。私が騒ぎすぎなのか?
「……そ、そうか。承知した。邪魔してすまなかった、失礼する」
「ええ。またいずれ帝都で」
ホテルの自室に戻り、自分の荷物を整理した。二人の旅行はもうすぐ出発することになる。
荷物をまとめながら心も整理する。
今回、結局なんのためにこの国に潜入したのか。それは帝都に流れてくる麻薬の密売ルートをおさえ、止めたり政治利用するため、だったはず。いや、違うのか。ただ単に止めることが目的だったか?
剣を手に取った。普段使用するものより小ぶりな剣は持ち歩き用のもので戦争中はもっと大きな一振を使う。
……麻薬を製造していたのはファクツ家だった。いや、正確には彼らは内側から操られていて、家令のアルフレッドが主犯。さらに奴隷密売を含めて戦争利益を得ていた。それをレオール王国が潰すのを手伝った。
あくまでトレイサー商会として、タイアード商会と共に協力援助したという形だった。帝国として関与していない。
「ん?つまり、レオール王国の内政強化に尽力しただけじゃないのか?」
思い返すと狩猟祭に参加したのは何のためだったのか。あれはまったくと言っていいほど、その後の作戦に関係していない気がした。
それ以前から知り合いのようでもあった。うーむ。分からん。いったいこれから何が起ころうとしているのか。
* * *
邪魔だなあ……。
アデレードとしてはユリウスと二人きりで旅行に行きたかった。しかし、この頭でっかちな黒騎士隊長は今回も付いてくると聞かない。
そもそも今回の一連の作戦はユリウスと堂々と会う時間を確保することだった。レオール王国公認で。
まず、婚約者の存在とその背景を知りたかった。なんとなく婚約者の話は裏があって、ユリウスが浮気をしているような単純な話ではないとは思っていた。狩猟祭のイベントは問題を解決する楔とできた。
次に、ディスタード帝国とレオール王国の戦争を望む者のうち、レオール側の壊滅を目論んだ。それが出来れば、ユリウスとの関係を邪魔する理由はレオール側にはなくなると思えたからだ。
まだ帝国側の問題も残るし、両国民の感情やらあるけれど、あとはごり押しでもいけるはずだ。
「あ、私の婚約者の件忘れてた……」
まあ、なんとかなるか。
というわけで、目下の問題はあの黒騎士をどうにかして別行動に持っていくことだ。
……ドナルドに協力してもらうか。
うんうん唸りながら、アデレードは計略をまた巡らせ始めた。ユリウスを攻略してしっかり自分に惚れてもらおうじゃないか。そのための作戦が始まろうとしていた。正直、終戦への今までの作戦などこの布石に過ぎないと、アデレードは考えていたのだった。
次回第二十七話 ユリウス貸し出し前