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歴代最強の帝国皇女は敵国騎士と結ばれたい  作者: 永頼水ロキ
第二章
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第十九話 世界に秘密の午後三時

 アディはユリウスの隣を歩いていた。石畳を踏む足取りは軽い。ただし、記憶を手放していた時は普通の事だったけれど、二人の今の立場では本来「してはいけないこと」だ。


 ユリウスの街を歩いていた。今日の天気はあいにくと曇りだった。


「このお店だよ」

「うん」


 お店に入る。コーヒーの良い香りが胸を満たし、少し古びた壁と薄暗い照明の中で、こぽこぽとコーヒーを入れるサイフォンの音が歓迎してくる。


「いらっしゃい、ユリウス様。そちらの御嬢さんは?」

「アディといいます」


 店主は体格が全体的にごつごつしていて、カフェの店主というより武器屋の店主という方がしっくりくる男だった。カウンターの後ろに立ち、ゴリゴリとコーヒー豆を挽いている。そのコーヒーミルはとても小さなおもちゃに見える。


 奥の席に向かいあってユリウスと座った。他に客はいない。


「気付いたかもしれないけど、ここのマスターは元軍人でね。私の上司だったこともあるんだ」

「え?」


 店主からは魔力を感じなかった。


「昔は魔力持ちだったんだけどね。休戦後に退役して同時に家名を捨ててしまったんだ。色々あったんだろうけど詳しくは教えてもらってない」


 色々…。


「貴族に魔力…。神様はどうしてこんな世界にしたんだろうね」

「そうだな」


 少しして、店主がテーブルまでやって来た。


「注文は?」

「私はブレンド、彼女は紅茶と…それからアップルパイも一緒に」


 しばらく店内をアディは黙って観察した。男っぽいカフェで、壁には色とりどりのカップとお皿が並べられていた。少しタバコの匂いが残っていた。注文したものをテーブルに並べ、二人で一つのアップルパイを半分に取り分ける。


「ありがとう」


 一口ずつ、パイと飲み物を口に入れたところで、ユリウスから声をかけてくる。


「クリスティーナのことは……言い訳しかできないな。すまない」

「…そうだね」

「アディの言うとおりだし、諦めていたところもあった。いろいろなタイミングもあったんだけど。リリーを失ってから、俺は思っていた以上に色んなことに向き合えていなかったのかもしれない」


 ユリウスはきっと、はじめの頃はちゃんとしようとしていた。でも時間がなかった。戦争の気配で内政に余力を失い、多少強引でも自分の考えを推し進めなければならなかった。たぶんそのあとリリーさんを失って、後片付けに気が回らなくなったんだと思う。


 クリスティーナにも責任があった。彼女の言うとおり、ちゃんと自分の想いに向き合うべきだった。心から愛せず、それをユリウスに意図せず伝えていた。それはある意味で凄く残酷だ。


 チャールズ公爵も俯瞰して冷静になれば娘やユリウスの心に気付けたかもしれない。一方で、仮にユリウスとクリスティーナが結婚していても、おそらくは上手くはいっていたのだと思う。ただ、一つの幸せの形は失われていた。


「そうだね。でも、誰も間違えてはいなかったんだよ、きっと」


 ユリウスが顔をあげたのを見て、アディもその瞳を見つめるように顔をあけた。


「だから、ユリウスが謝るべきはそこじゃない」

「え?」

「まず私に謝ってほしい」


 そうだ。まずユリウスが謝るべき人は私だ。


「ユリウスに"婚約者が昔からいたんだ"と部下から知らされた私の気持ちがわかる?」


 ユリウスは視線を外したので、テーブルに乗り出してユリウスの両頬を両手で挟んで自分に向けた。


「だから、ちゃんと謝って!」

「むぐ、す、すまなかった。むぐ」

「……ぷっ」


 あはは、とユリウスを離すとアディは椅子に座り直してお腹を抱えた。吹き出して笑うアディに、少しびっくりした表情のユリウスが半ば呆然と見つめていた。それがおかしくてアディはさらに笑った。


「そんなに可笑しいか…」

「ごめんごめん。変な顔だったから」

「それは君が――!」

「ユリウス。私はたぶん…」


 そこまで言い、そこで止まった。


 言ってはいけない。


 ユリウスも視線を外してコーヒーを口に運ぶ。


「…手紙、いつもありがとう」

「ああ、こちらこそ」


 そこからしばらく、二人とも静かに喉を潤して、パイの甘さを楽しんだ。コチコチと大きな柱時計の時を刻む音だけが耳に残る。


 パイがなくなりカップがお互い空になって、二人は見つめあっていた。


 いつかきっとユリウスに言わせたい。でも、ユリウスもそう思ってそう。それで今は良いんだ、きっと。


 分かりやすい二人はどちらともなく微笑むのだった。


 * * *


 外は夕日を見せない厚い雲が空を覆い、夕飯の準備で買い出しに出ている人が商店街に多くみえた。軍港としての側面から道は狭く、くねっていて歩きやすくはない。そのため、人が増えた今の時間帯はいつも祭りのように人で溢れてしまう。


 カフェを出たユリウスとアディは路地裏からごった返す表通りに出るところで立ち止まった。ミニエーラの鉱石街、その祭りの日をユリウスは思い出す。


「手を繋いでも良いかな」

「…そうだね。またはぐれないように」


 アディの差し出された手を握り、ユリウスは歩きだした。正面を向き、人だかりをかき分けて歩く。少し普段より歩幅を狭く。


 アディの姿は『変身』でレオナルドの言うところのマルーンの君となっていた。普段より少し身長が低く、一見幼い雰囲気があるが声はアディのまま良く通る。握る手は優しく、ちょっと力を入れすぎると壊してしまいそうに感じて、自分でもたどたどしい握り方だとユリウスは思った。


 後ろの方でアディが笑っている気がした。


 しばらく歩くと人混みはなくなった。アディの宿泊するホテルはもう少し先だ。


「ユリウス?」

「ん?」

「もう離しても平気だよ」

「あ、ああ」


 離したくなくてそのまま歩く。夕食も共にしたかったが、さすがに目立ちすぎる。ホテルに着けば当分こんな時間は取れない。いや、一連の作戦が上手くいかず、再び戦争の火が燃え上がることがあれば、アディとの次の対面は――。これ以上は考えたくもなかった。


「ユリウス、覚えてる?」


 ユリウスは立ち止まり振り返った。ホテルはもうすぐそこで、他に歩く人は見えなかった。


「ミニエーラのお城でユリウスが言ったこと。私に伝えてくれたこと」


 もちろん覚えている。今感じているのと同じ手の温もりまで覚えている。


 片手で繋いでいたユリウスの手に、もう一つの手をアディは重ねてきた。


「私たちがいれば出来ないことなんて無い」

「…ああ」

「クリスティーナさんのことで自信がなくなった?」

「そんなことは……」

「貴方にはあんなに素敵な仲間がいて。私もいる。私には強い部下がいる。きっと国民の心まで動かせる力がある」


 ユリウスはアディの大きな瞳を見た。


「もう少ししたら、きっとこの時間は秘密じゃなくなるから、だから」


 アディが笑う。笑顔は変身前と変わらなかった。


「せっかくのこの距離を楽しもうよ」

第二節ここまでです。


次回第二十話 痛み

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